十六夜




 初夏の夜風がそっと大気を震わせる。空には、半ば雲に隠れる様に満月よりも少し欠けた月が顔を出し、淡く地上を照らしている。閑静な住宅街は静まり返っている。ぽつりぽつりと燈る街灯は、人々の心をなんとなく不安にさせる程度に薄暗い。
 人通りの途絶えた寂しい道を、音もなく気配もなく、闇に紛れて一つの影が、通り過ぎて行く。その影は暗がりと同化し、何者にも気づかれる事無く、ある一軒の邸宅に忍び入ったはず…であった。
 広い庭に、桜の大木が一本。とうに花見の季節は終わり、枝には緑色の葉を散りばめている。静かに、風にそよぐ葉桜の下で、その影はじっと気配を殺して周囲をうかがう。護衛が動き出す気配はない。霊力になど頼らずとも、鋭く研ぎ澄まされた五感は、寝静まった屋敷の中の様子を敏感に感じ取る。
 昔ながらの風情を保つ、豪華な平屋作りのこの屋敷――武田の現在の活動拠点である。この家の主、武田信玄は本日、不在のはず。その日を見計らって、忍び込んだ。目的は偵察。主がいなければ、自然と警備も薄くなる。無論、その影にとっては、厳重な警備体制などたいした問題ではなかったが。
 影はあくまでも、静寂を纏いひっそりと、それでいて鋭敏に動く。別に波風を立てて事を荒立てる気など、毛頭ない。今夜の行動は内偵に過ぎず、敵方の状況を知る事だけが目的なのだから。
 そっと桜の枝に手を掛け、その枝を軸にして屋根の上に身を躍らせる。その華麗な跳躍も、淡く光る月明かりから身を隠すように、音も無く闇に紛れた。その姿は、誰にも見咎められていないはずであった。いや、確かに見咎められてはいない。
 しかし、闇戦国一を誇る高坂の霊査能力は、その侵入者の常識をはるかに凌駕するものだった。幾重にも張り巡らされた霊査網は、気配を完全に消してしまったとしても、物質の侵入を確実に高坂に伝える。
「今夜はまた、珍しいお客様がお見えになったようだな…。久しぶりに楽しい夜になりそうだ」
 麗しくも背筋が凍るように冷たい微笑を、その整った顔に浮かべて、心底楽しそうに呟く。
「まさか、ここでおぬしと逢う事が出来ようとは、夢にも思わなかったぞ。私の運気もまだまだ捨てたものではないらしい…。今宵は寂しく独り寝となるかと諦めていたのだが、たまには御屋形様と離れてみるのもいいものだ」
そして、相手に気づかれない様に霊査を続ける。
「名高き風魔一族の棟梁といえども、まさかこの私がここに残っているとは思ってもいない様だな。しかし、憑依霊の分際でここまで入り込むとは…。武田の家臣も落ちぶれたものよ、北条の忍びごときに屋敷を荒らされるとは」
 言葉とは裏腹に、なんとも楽しそうな笑顔を浮かべて独り、呟く。
「風魔小太郎殿、直々のお出ましとあってはこちらとしても御出迎えしない訳にはまいるまい」
 一陣の風が、堅く閉ざされた雨戸をかたかたと揺さぶる。庭の大木に一羽の鴉が、羽音を響かせて、舞い下りた。





 黒い影――風魔小太郎は、注意を払いながら、周囲の気配を探る。到底人間業とは思えぬ所業で忍び込んだ屋根裏から、ある一室に降り立った。何の物音もしない。夜の静けさは頑なに守られ、闇は一層深くなる。
 外を仄かに照らす月明かりも、屋敷の一番奥まった場所に位置するこの部屋には、届いてこない。徐々に目は闇に慣れてきてはいるものの、全てを明確に見渡すことはできない。かつての、完璧に訓練された、小太郎の本来の肉体であれば、この程度の闇など何の障害にもならなかったのに…。
小太郎が、心密かに肉体の不完全さを呪った時、微かに、何かが耳元で弾けた。小太郎は、即座に全身を緊張させて身を隠そうとした。が、一瞬速く、身体を見えない何かで戒められていた。憑依した身体ごと霊体を縛され、身動きが取れずに生じた隙を突いて、部屋全体に結界が張られる。
 閉ざされた襖の向こうから、近づいてくる足音と共に、衣擦れの音が聞こえる。小太郎は動けずにいた。小太郎にとっても、不覚であったし、また予期せぬ出来事でもあった。万が一にも気づかれることなど無い筈であった――ただ一人、武田軍、いや闇戦国一の霊査能力を誇る、高坂さえ不在であれば。
 足音は、正面の襖の向こうで止まった。何の前触れもないまま、襖が人一人がちょうど通れるくらいに開かれる。そこに、彼が立っていた。浴衣姿で、完全に寛いだ身なりの見目麗しい一人の男が、怜悧な笑みを湛えながら、小太郎を見据えた。
「このような夜分遅くにいかがなされた、風魔小太郎殿」
含み笑いで、問う。小太郎はすぐに気づいた。直接逢うのは初めてだが、闇戦国で知らぬものの無い存在。これが、あの高坂弾正忠昌信である、と。力の差は明白であった。換生者と憑依霊の歴然たる魂格の違い。高坂の手にかかっては、きっと宿体を捨てても無駄だろう。確実に自分はこの世に存在しなくなる。高坂にはそれができる。それでもこのまま殺される訳にはいかない。この、自分の身体を捕えた見えない戒めさえ振りほどけられれば、逃げられる…。小太郎は黙したまま、力を解放させようとした。その様子を見て、高坂は笑みを含んだまま、初対面の客人に告げる。
「そう安易に力を使われては、皆の衆におぬしがこの屋敷に入り込んでいる事をみすみす教えてやる事になりますぞ。また、そのような事をされては、私とて黙っている訳にはいかぬ。ここで私と諍いを起こすのは、風魔にとっても北条にとっても得策ではないと思われるが…」
 高坂は冷やかで狡猾な笑みを口元に浮かべながら、あくまでも穏やかに小太郎に語り掛ける。
「……どうしろというのだ」
 小太郎は、高坂に縛されたままの姿勢で欠片も表情を変えずに問い返す。
 後ろ手に襖を閉め、音も立てずに滑るように、壁際に立つ小太郎に近づき、何の色も浮かべない眸を覗き込み、高坂は、自分の細く長い指をそっと頬に這わす。
「その作り物めいた双眸に、色めき立つ感情を浮かべさせてみようか」
 そう言って、小太郎の身体を硬直したまま動けぬように戒めていた力を、解き放つ。
「この隙を突いて逃げ遂せる事もおぬしになら可能であろう。しかし、そんな事をしては、北条も全面的に闇戦国に参戦する事になってしましますぞ。氏康公が竜神という立場であっても、武田に密偵をよこした事が暴露されれば、傍観してもいられまい。それに何より大切な三郎殿率いる冥界上杉軍との正面衝突も、避けられなくなりますぞ。今ならまだ、私しかおぬしが潜入している事に気が付いていない。事を穏便に済まそうとは思わぬか」
 小太郎は動かなかった。事を大きくされて困るのはこちらだ。その上、どれほど信用できるかは分からないが、高坂は黙っていてもいいと言ってくれている。そして、その高坂の目的は、明白だ。悪い条件の取り引きではない。小太郎にとって、自分の肉体など道具の一部に過ぎず、情と名の付くものとは相容れずに過ごしてきた。抱かれるという事に関しても、感情が影響する事はない。常に、どうする事が氏康公の為に、ひいては三郎氏の御為になるか、秤の基準はそれだけである。
 全く抵抗を示さない小太郎の肩に手を掛ける。獲物を捕らえた獣にも似た、危険な色を眼の奥に感じさせながら、吐息が触れるほどに顔を近づけて、小太郎の瞳を見上げる。
「この期に及んでもまだ何の感情も表れない。たいしたものだ。お主の存在を知った時から、好奇心を刺激される希有な生物だと思ってはいたが…。触れれば体温は感じられるのに、ここまで間近に迫ってなお、その気配は常人とは比べ物にならないほど、無機質なまま…」
 触れるか触れないかの微かな口付け。けれど、小太郎の顔には欠片の表情もない。あるのは、非人間的な、己が主と決めた者以外には決して従わない、機械めいた信念。
 小太郎の様子を見て、心底嬉しそうに、高坂は、淫猥で陰険な微笑をその麗しい美貌の上に浮かばせる。
「それでこそ風魔の棟梁殿。今宵は楽しくなりそうだ…」
 引き締められ、堅く閉じられたままの小太郎の形の良い薄い口唇を、そっと右手の人差し指で撫でる。高坂は、微笑は絶やさぬまま、ほんの少しの感情さえも見逃しはしまい、という心意気か、小太郎の瞳の奥を凝視し続けている。
「感情はなくとも、色事や情事に全く疎い訳ではあるまい。おぬしとて、悦楽を感じる機能はあるのだろう。今夜の代償として、私を少々楽しませてくれても良いではないか」
 確かに、小太郎にも女を抱いた経験はある。だがそれは、純粋に生理的欲求を埋めるものであったり、目的を遂行するための単なる手段でしかなかった。今回もまたしかり。自分の体を提供する事で、自分の失態が償えるのならば、そうするまでだ。そこに、相手を満足させる、という付加価値をつけなければならないのであれば、全くなすがままになっている、という事も出来ないだろうが。
 小太郎は、相変わらずの無表情なまま、高坂の細く引き締まった腰を抱く。それを了承の合図と受け止めて、高坂は小太郎の首に己の腕を絡め、朱を刷いたような艶やかな口唇を、小太郎の薄く、整った口唇に重ねた。
 眸を伏せた小太郎は、ねっとりと絡み付くように自分の口腔を侵す舌に、心なしか動揺していた。今まで見せていた、冷たい表情からは想像もできないほどの熱を有していた高坂の舌は、余す所無く小太郎の口中を嘗め尽くしていく。その行為が、小太郎の中に今まで感じた事の無い、熱く、ざらついた感触を予感させる。
 高坂は、そんな小太郎の心のざわめきを知ってか知らずにか、更に深く小太郎の舌を絡め取り、自分の方に引き込む。情欲にまみれる事がな無かったが故に、小太郎がある種の無垢さを保っていた事を、高坂は感づいていた。触れた舌先が、微かに小太郎の心を伝える。
 当惑、動揺、混乱――表情には決して顕われないであろう感情。直接触れる高坂の口唇が、舌が、永きに渡り、魂の奥底で沈黙していた何かを呼び覚ましてしまったのか…。小太郎は得体の知れない不安を感じずにいられなかった。
 器械である自分が知る事のできない、人の持つ情欲。これまで何度も見てきた、またある時はその対象にされもした、善とも悪とも言い難い不可思議なモノ。小太郎にとってのそれは、只の状況でしかなく、対応するにあたって考慮するべき事実である以外に、特別な感慨などなかった。動揺する理由などない。
 けれど、今は。高坂の口付けは小太郎の耳へ、そして首筋へと移動し、高坂のしなやかな指が小太郎の衣服の上から胸元を弄る。その指先から、布越しの微かな体温が伝わる。
 小太郎は、右手を高坂の腰から離し、襟元に伸ばす。少し骨張った細く長い指が、高坂の肩から艶めかしいうなじへと辿る。触れた髪の毛は、入浴時のなごりか、まだ湿っていた。
 再度、口唇と口唇が重なる。小太郎が、高坂の口唇の輪郭を辿るように舌を這わせれば、その舌を高坂が絡み取り、己の口中に引き込む。小太郎の右手は、高坂のうなじに添えられたまま。高坂は、胸元に置かれていた手を、下へと滑らし、小太郎の股間へ指を這わす。深く口付けたまま、ズボンのジッパーを引き降ろし、ボタンを外す。
 小太郎は何の抵抗もしなかった。口付けられる――たったそれだけの行為に、心を乱してしまった自分。そして、そうさせた高坂という、この妖しい色香を持った男に少なからず興味があり、また知らねばならない事であった。その為には、これからの行為を、それを行う高坂弾正昌信の人となりについて、そして自分の奥底に潜む何かを、冷静に分析しなければならない。
 高坂は、小太郎のモノを下着の上から、確認するようにふうわりと撫でる。優しく、壊れ物を触るような手つきでやんわりと掴み、そぉっと撫で下ろす。一枚の薄い布越しに施される焦らすような愛撫に、くすぐったそうに小太郎が、わずかに腰を引く。肩が壁にぶつかり、鈍い音がした。
 高坂は、うっとりと伏せていた眸を見開き、自分の口中で絡めていた小太郎の舌に、軽く歯を立てた。名残惜し気に小太郎の舌先にもう一度触れて、口唇を離す。十センチほど上にある瞳を見つめ、キツめの視線を投げつけた。
「男と交わるのは初めて、という訳ではあるまい。何故、逃げる…」
 言いながら、それまでの柔らかな手つきとは明らかに違う、隠されていた力強さで、下着の上から、ほんの少し反応を示し出していた小太郎自身をぎゅっと鷲掴みにした。突然与えられた強すぎる刺激に、反射的に小太郎の肩がピクンと揺れる。高坂は、そのまま、二、三度強く扱くと、ズボンと下着に手を掛けた。一緒に引き降ろすと、屈み込んで露になった股間に顔を埋める。
 程よく筋肉がついた引き締まった両方の太股に軽く手を添えて、高坂は、小太郎自身に細く尖らせた舌先を這わせた。
 与えられる微妙な刺激に、無意識で腰をくゆらしてしまう小太郎を、高坂は心底かわいい生き物だと思う。敵将に捕らえられて恥辱を受ける、という屈辱的な状況にもかかわらず、ここまで素直に刺激に反応してしまうのは……慣れていない証拠?
 高坂は、ちろちろと舐めていただけの舌を一度離すと、小太郎のモノを咥えた。軽く歯をたて、上下に擦る。
「あ……はぁっ」
同時に舐め回すように這い回る舌が、小太郎の呼吸器官に息苦しさを与える。緊張したように、小太郎の太股の筋肉が引き攣った。
徐々に大きさを増す小太郎に、高坂の機嫌は一層良くなる。喜色満面の笑みを双眸にたたえて、更に小太郎を嬲りつづける。
口に含んだものの脈が速まるのを、舌でリアルに感じながら。喉の奥に唾液とは違う液体が触れたのに気づいて、高坂は強く吸い上げた。
「……っ」
高坂の口中で小太郎が弾けた。小太郎が首を仰け反らせて、息を呑む。
高坂の口唇の艶やかさが、色めき立つ。飲み下せずに、口の端からこぼれたとろみのある液体を、舌なめずりした。
高坂は立ち上がって、小太郎の眸を覗き込んだ。放った生理的欲求のためか、微かに潤んでいる。暗がりではっきりとは見えないが、心なしか頬も上気している。
小太郎の状態に満足した高坂は、小太郎の着ているシャツを裾から手繰り寄せた。その所業を止める術も無く。小太郎はなすがまま、全身を露にした。
「……見事だな」
頼りない月明かりに照らせれた小太郎の肢体は、伸びやかで美しく、高坂は思わず簡単の溜め息を漏らした。全身に薄く巡らされた、無駄のない筋肉は、ある種の芸術とも言えるほど綺麗に鍛えられていた。
「忍びというのは、こうまで整った肉体を保持するものなのか?」
これまで、小太郎のような種類の闇の者とは交わる事無く幾多の生を過ごしてきた高坂の内から発せられた、純粋な好奇心であったのか。高坂は、小太郎の身体をそっと撫でながら問い掛ける。
「………忍びとて、様々な役割を持つ。私は頭として、総てを統括する任務にある。其れ故、必要な筋肉を培ったまでのこと…」
 訥々と答える声に、高坂は、小太郎の胸元を指先でいじりながら耳を傾けていた。執拗に胸の突起を弄る高坂の指が、小太郎の中に高揚感を産んでいく。
 息が切れていくような感覚にかるい目眩を覚えながら、小太郎は高坂の浴衣の帯に手を掛けた。
 高坂が小太郎を見上げる。
 二十センチほど下にある高坂の整った顔を見下ろして、小太郎は手の中にある帯の端をそっと引いた。
 視線が絡む。解かれた帯は結び目の効力を失い、高坂の身体を夜目に浮かべた。
 小太郎は、目の前に白く浮き上がる、細くしなやかな肢体に視線を落として。
(目眩の原因は……これなのか)
かつて見た誰よりも麗しく、艶やかな輝きを持った魂を抱える器は、たとえようのない色香を放っている。
小太郎は、高坂の肩に引っかかっている浴衣を払い落とすようにして、首筋に口付ける。高坂は、自分の体を伝う口唇の感触をよりリアルに追うためにか。眸を閉じ、小太郎に身を委ねた。
小太郎の口付けは、うなじを辿り、高坂の耳の後ろをくすぐる。肩口を伝い、胸元に下がり、胸元の飾りを舌先に絡め、口に含んだ。
「あ……」
 生暖かい感触に、高坂が気持ち高めの声を上げる。しばらく胸のあたりをうろうろしていた小太郎の舌は、やがて更に下降し、高坂の下腹部に触手を伸ばした。根元に手を添え、揉みしだきながら、先端に舌を絡ませる。
 高坂は小太郎の口中で思うが侭に嬲られ、昂ぶりを露にしていく。その昂ぶりが頂点に達し、解放される一歩手前で、小太郎は高坂から身体を離した。
 急に外界の空気に触れて、張り詰めたいた緊張感にただならぬ刺激でも感じたのか、高坂は畳に膝をついた。小太郎の胸に倒れ込むようにして、崩れる。
 小太郎は、高坂の背に手を伸ばして、男にしては薄い肩を抱きとめた。
 細くしなやかな身体を、そっと横たえる。小太郎は、高坂に覆い被さるようにして、身体を合わせる。
 口唇と口唇が、肌と肌が触れ合う。
 身体を密着させたままで、高坂が身体を起こした。その弾みで形勢が逆転し、高坂が小太郎の身体に覆い被さる。
 小太郎の膝を割り、身体を滑り込ませ、肩に足を掛けるようにして腰を浮かせる。ようやく視界に入る位置になった小太郎の秘部に、高坂はそっと指を這わせた。
 周囲の筋肉を弛緩させるように、柔らかい刺激を与える。マッサージするような手つきで、普段開かれる事のない場所を空気に晒していく。
 小太郎の口から、熱い吐息が漏れている。
 小太郎の秘部も、徐々に熱を帯び、不自然な収縮をし始めた。呼吸に合わせて微少に蠢くそこに、ぐっと指を差し入れる。
「………っ」
 小太郎が息を詰めた。緊張感が、秘部に差し込まれた指を伝って、高坂に伝わる。それには構わずに、小太郎の中で指をくゆらす。
 小太郎の内で、揺らぐものがあった。自分ではどうする事も出来ないような、身悶えする感覚。触れられるたびに、それが一層ひどくなる。まるで、ウィルスに侵されていくのをリアルに感じている、病人のようだ……。
 小太郎の胸中を、身体を侵食する高坂の指は、本数を増して小太郎の内壁をざわめかす。
 幾度か指を出し入れして、十分に緩くなった事を確かめて、高坂は、先程小太郎の口の中で形を変えたそれを、小太郎の秘部にあてがった。
 一気に貫く。
「うっ……」
 低い呻き声が、小太郎の喉から漏れる。
 予想以上に締め付けられる小太郎の中で、高坂は小さく腰を揺らし始めた。
 小太郎は高坂に擦られる内壁に、高坂は吸い付くように自身を包み込む小太郎の内に、お互い、かつて感じた事も与えられた事もないほどの快感を感じていて。
「あぁ…っ」
 高坂は耐えられずに、小太郎の中に放出させた。同時に、肩に抱えていた小太郎の足がずり落ちる。
 小太郎は、内側に放たれたのを感じ取って、自由になった身体を起こし、一度高坂から離れる。じゅっという液体が擦り付けられる卑らしい音が、静まりかえった室内に響く。
 高坂は、自分から離れた小太郎を見つめる。その眸は、明らかに潤み、目元は薄く赤に染まっている。
「安心しろ…おぬしも十分に満足させてやる……」
 小太郎が低く囁いて。一度、口唇に軽く口付けて、座り込むようにしていた高坂を押すようにして、絡み合いながら横たわる。
 恋人同士のような、優しいキスを幾度か交わして。小太郎は高坂の右足を持ち上げた。膝の裏に腕をいれ、足を折り曲げるようにしながら大きく開かせる。小太郎は、隠されていた場所にそっと舌を這わせた。
 周囲を円を描くように舐められ、湿った感触が必要以上に外気を冷たく感じさせ、感覚を鋭敏にする。直接そこに触れられたくて身体の奥が疼く。高坂は自分から腰を浮かして、ねだる。
 けれど、小太郎は焦らすように、這わせていた舌を太股に移動させた。
「あ……んっ」
 高坂が甘く切なげな吐息を漏らす。
「小太郎……」
 高坂に名を呼ばれ、瞬間的にこの状況の不自然さが小太郎の胸中を去来したが……。
 目の前の高坂は、日頃から馴らされているためか、快感を追い求める身体に理性は残っていない。平素でさえも十分に色気を漂わせた表情に、更なる色っぽさが加わっている。
 そんな高坂の姿に、知る事のなかった情欲の灯を燈されたのか。小太郎は、赴くままに、腰を高坂の秘部に擦り付けた。
 小太郎の先端から漏れた先走りの液が、高坂を濡らす。高坂は、熱いものの存在を感じて、自分自身も再度高まっていく。
 小太郎は、何の前触れもなく、唐突に高坂の中に押し入った。
「あぁっ…」
 高坂が甲高い声を上げる。けれど、慣らされた身体は自分自身で潤う事を覚えているのか、一旦先端が入ってしまえばスムーズに進む。
 高坂の痛みが去ったのを確認して、小太郎は腕で押さえたままの高坂の右足を、さらに押し開いて、身体ごと高坂に覆い被さるようにして、さらに奥へと差し入れる。
 深くなる毎に、高坂の身体にも快感が芽生えるのか。かなり無理な体勢であるにも関わらず、高坂は腰を揺らした。より深く、より刺激を求めるように、小太郎はぐっと締め付けられた。
「………っ」
 言葉にならない刺激に、小太郎は首をのけぞらせる。
 高坂は、さまよわせていた視線の焦点を、ちょうど目の前にある小太郎にあわせて、首に手を廻す。
 伸ばされた両腕に気付き、小太郎が高坂を見下ろす。お互いを、月明かりが淡く照らす。二人は繋がったまま、深く深く口付けて。情欲の昂まりを解き放った。





 二人はどれくらいそうしていたのだろう。
 小太郎は、腕の中に高坂を抱いたまま、じっとして動かない。高坂は、静かに規則正しい呼吸を繰り返している。
(寝て……いるのか?)
 小太郎は、腕の中の麗しいその人を見つめた。無防備に寝息を立てているようにも見える。しかし、これはあの高坂なのだ。
 そして、いましがたも、これまで何人にも揺るがされる事のなかった、小太郎の表情をここまで変えさせた存在。油断はできない……。
 小太郎は、障子を見遣る。辺りがうっすらと白んできているのが分かる。夜明けが近い。
 このまま朝を迎える訳にもいかない小太郎は、高坂を起こさぬようにそっと身体を離し、立ち上がった。脱ぎ捨てられていた浴衣を、高坂の身体を包むようにそっと掛けてやり、音も足音も立てずに襖を開けて、後も振り返らずに立ち去った。
 小太郎の気が完全に消えたのを確認して、起き上がった。自分の身体を見る。高坂の身体には、あれだけ口付けられていたにも関わらず、赤い鬱血など一つも残っていない。
(誰にも知られてならない情事という証拠か……)
「簡単に掴まった割には、侮れない奴よ…」
 高坂が溜め息ともつかぬ独白を漏らす。





 空には、沈み掛けの十六夜が浮かんでいた。十六夜とは、ためらいの夜。その月だけが、二人を見届けていた。







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