眩めく愛の劇場
ある日の出来事
其の一




 高坂と小太郎が仲良くカウンターに隣同士で座っていたのは、都会の一角にある、黄色の看板の店だった。
 きつめの香りが漂うその店で、二人は偶然にも、昼食を共にする事になっていた。
 先に来ていたのは高坂だった。
「おや、小太郎殿。このようなところで逢うとは奇遇だな」
 高坂は、小太郎が店内に入るなり、いつもの妖艶な笑みを浮かべながら、声を掛けた。
「ここで逢ったのも何かの縁。…隣が空いておりますぞ」
 何やら意味ありげに、唇の端に笑みを貼り付けたまま、小太郎に告げる。
 ただでさえ人目を惹くような麗しい容姿の高坂が、これまた嫌でも目立つ、腰までのエクステンションを靡かせた小太郎に声を掛ける。
 小太郎は、出来るだけ現在の人界では目立った行為は避ける様にと、三郎こと高耶から言い渡されているがゆえ、これ以上高坂に絡まれて悪目立ちしている訳にもいかない。
 小太郎は軽く頭を下げる程度の会釈だけを返して、高坂の隣の席に座った。
 高坂は、甘い匂いのする、ハヤシライスを食べている途中だった。
「いらっしゃいませ」
 店員が小太郎の前に水を置く。小太郎はお馴染みの客なのか、小太郎の「シーフード」という一言に対して、「いつものでよろしいですか?」と応えを返した。
 あまりこの店には来ない高坂は、小太郎に尋ねる。
「いつもの、とは一体…」
「……」
 小太郎はちらと高坂に視線を投げかけただけで、答えようとはしない。しかし、それしきの事で諦める高坂ではない。何の反応も示さない小太郎相手に、まるで物珍しい玩具を手に入れたような心境で、話し掛けた。
「この店にはよく来られるのか?」
 口許には、相変わらず得体の知れない笑みを貼り付けたまま、小太郎に問い掛ける。サイボーグ小太郎にとって、他人を無視する事など造作ない。しかし、ここはあくまでも公衆の面前である。そして、共に居るのは、闇戦国一の食わせ者、高坂弾正。このまま無視し続けたら、要らぬ摩擦が北条と武田の間に起こる可能性がなくもない。
 そう思い直し、短く言葉を返した。
「……週1ペースで」
 会話が成立した事でご機嫌になったのか、高坂が華の如く艶やかな微笑みを浮かべながら、なおも話し掛ける。
「おぬしはここの味が気に入っておられるのか、私にはあまり合わない味なので、滅多に来る事はなかったのだが。今日はたまたまこの近所に用事があって、通りすがりに昼食を、と思って入ったのだが。おぬしに逢えたのは喜ばしい偶然だ」
 小太郎が高坂が話すに任せていると、小太郎がオーダーした料理が運ばれてきた。
 小太郎の前に置かれたそれからは、きつい香辛料の匂いを放っていた。いかにも辛そうな…。
 高坂はあまりの匂いのきつさに一瞬顔を顰める。
「小太郎殿、私は辛い物が苦手なのだが…。それは一体…」
 高坂に鋭い視線で睨まれた小太郎は、平然と答える。
「これがどうかされましたか、高坂殿。ただの、5辛のカレーですが」
 そう言って、何食わぬ顔でスプーンにカレーとご飯を掬い、口に運ぶ。
「よくそんな物を平気な顔で食えるな」
 高坂は一層顔を顰めて、小太郎を見やる。
「何でしたら、一口試されますか?」
 小太郎は、カレーの盛られたスプーンを高坂に差し出す。
 高坂は一瞬逡巡した後、弱々しく首を振った。
「…おぬしに食べさせてもらうというのはなかなかにそそられるシチュエーションではあるが、今回は遠慮させて頂きたい」


 ──…都会の片隅、カレー専門店ココ壱番屋にて





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