misfortune
千石×海堂




 海堂は、人の多さと湿度の高さに辟易して駅のロータリーにある噴水の縁に腰掛けて溜息をついた。
 久しぶりに、日曜日に一人で買い物に出かけた。そろそろ切れかけのグリッドテープを探しに地元のスポーツショップに行ったが目当てのモノが見つからず、仕方なく電車で2駅ほどの、このあたりでは一番大きなショップに出かけてきたのだが。
(やってらんねぇ・・・)
 元来、海堂は人ごみが苦手である。
 なんとか目当てのモノは買えたものの、通りすがりの子供に突然泣かれたり、バーゲンの波に飲まれたり。どうにかこうにか買い物を終えて外に出てみれば、夕刻にも関わらず昼間の厚さに加えて雨の予感をさせる湿った空気が肌にまとわりつく。
この時既に、海堂は疲れて内心ぐったりとしていた。そこへ。
「あれ? 君、どっかで逢ったよね?」
 海堂が缶ジュース片手にぼんやりと佇んでいると、目の前にオレンジ色の髪をした人懐こい笑みを浮かべる少年が顔を覗き込んできた。
「そうだそうだ。この間の大会で! えっと、青学の・・・わかった! 海堂クン!」
「あ・・・と、せん、ごく、さん、ッスよね?」
「そ。やっぱり俺ってば有名人☆」
「・・・はぁ」
 以前、テニスの大会で逢った山吹中のエース、千石清純。見かけを裏切らないその軽薄なノリに、海堂の眉間に皺が寄る。
「ところで海堂クンは今何してるの?」
「何って・・・特に」
「じゃ、何してたの?」
「買い物ッスけど」
 しかし、海堂の険悪な視線に臆する素振りなどまったくなく、千石はにこにこと笑みを浮かべたまま。
「で、もう用事は終わったんだ?」
「はぁ、まぁ」
「じゃ、さ。ちょっと俺に付き合わない?」
「え?」
「いいじゃん、行こ行こ」
(笑ってる癖に、何考えてるのかわかんないとこは不二先輩とちょっと似てるけど・・・)
 そんなことをぼんやりと考えていたせいで断るタイミングを逸して、半ば無理矢理千石に引っ張られるようにして海堂は立ち上がってしまった。
「行くって・・・どこ行くんスか」
「すぐ近くにすっごいおいしいケーキ屋さんがあるんだ。あっくんと・・・てあっくんはわかるよね?」
「いえ・・・」
「だってキミんとこの1年ルーキーの越後屋クンと試合したじゃーん」
「越後屋・・・越前のコトッスか。ってことはあっくんって・・・もしかして亜久津、さんのこと・・・?」
「そうだよ、亜久津ーだからあっくん」
「・・・そうッスか」
「で、そのあっくんがモンブランが大好きでさ。一緒によく行くお店なんだけど。最近あっくんあんまり遊んでくれなくてさー。かと言って一人でケーキ食べに行くのも寂しいじゃん? ほんとちょうど良かったよー、海堂クンに逢えて。やっぱ俺ってばラッキー」
「・・・はぁ」
「あ、ほら、海堂クン、ここ、ここ」
 そこは大層カワイイ、明らかに女性をターゲットにした店構えで。
「え、ここッスか・・・?」
 躊躇する海堂を横目に、一際目を細めて千石は笑う。
「うん、かわいいお店でしょ?」
 問われて、違うとも言えず。
「そう、ッスね」
 同意を返してしまうと。
「さ、入ろう」
 促されるままに足を踏み入れた。
 店内は予想通り女性客かカップルばかりで。一瞬ひるんだ海堂の腕をさり気なく押さえるように逃げ場をなくして。
 ウェイトレスに通された席に向かい合わせに座った。千石は手馴れた様子でメニューを開いてみせる。
「海堂くんは、甘いものとか平気?」
「はあ、まぁ」
「じゃあさ、俺のオススメはこのモンブランか、イチゴのタルトなんだよねー。モンブランはあっくんの一番のお気に入り。中に栗が入っててねー。上のクリームも甘すぎずくどすぎずのいいバランスなんだよ。イチゴのタルトは、下のこのタルト生地がもーう他にはないってカンジ? あ、あとチーズケーキもおいしいんだよねー」
 海堂は、疲れているのもあいまって、何がそんなに楽しいのかやたら饒舌に説明する千石のよく動く口をぼんやりと眺めてしまう。
「かーいどーうくーん?」
「あ、ハイ」
「何にする?」
「あ、じゃあ・・・」
 気圧されるように、とりあえず目に入ったモンブランを、指差した。
「了解、モンブランね」
 言うなり、千石は振り返ってウェイトレスを呼ぶ。
「モンブランひとつと、イチゴのタルトひとつとコーヒーと、あ、海堂くん、飲み物は?」
「あ・・・一緒でいいッス」
「んじゃ、コーヒー二つ」
 海堂には、見せ掛けの表情とどこかそぐわない目の色が少しだけ怖く思える。
(やっぱり、何考えてんのかわかんねぇ)
 そのせいか、海堂は千石から目を離すことが出来なくて。
 海堂の視線に気付いて、千石が振り向いて、笑いかける。
「そんなに見つめられたら照れちゃうよ」
(・・・なんだ、コイツは)
海堂にとってあまりに馴染まないタイプ過ぎて、思わず眉間に皺が寄る。
「そんな怖い顔しなくても」
 言うなり、す、と千石の指が伸びて。
「ここ、皺寄ってる」
 海堂の眉間に、触れた。
「ばっ、いきなり何っ」
 その手を払いのけ仰け反り、何しやがる、と言いかけて。千石が年上だったことを思い出して口を噤んだ。そんな海堂の様子に驚く素振りもない。
 ほどなくして、ケーキと飲み物が出て。千石のおしゃべりに時折相槌を打ちながら食べ終えて。
「今日はおごるよ」
 立ち上がると同時に伝票を手にレジへと向かってしまった千石を慌てて追いかけたけれど、タイミングを失ってしまい。
「いや、自分の分は払うッス」
 店の外は既に夜の闇が近づいていた。財布を取り出した海堂の手を、千石が押し止める。
「いいってば。俺が無理矢理つき合わせたんだし」
「・・・千石さんにおごってもらうわけにはいかないっス」
(この人に借りなんか作ったらヤバイんじゃねぇか?)
 海堂とてあの一筋縄ではいかない青学テニス部でレギュラーの座を守っているのだ。それくらいのことに察しはつく。
「だったら。海堂クン、この後どうするの?」
「家に帰るだけ、ッスけど?」
「よし、じゃあもうちょっと俺に付き合いなよ」
 それでチャラ、ね? と笑う千石の言い方は柔らかいのに何故か断る術がなくて。海堂は嫌な予感がしつつもうなずいてしまった。
 そして、連れて行かれたのは。駅から少し歩いた、公園。
(へぇ、こんなところに公園なんてあったんだ)
 純粋に知らない場所に来た興味できょろきょろと周りを見回す海堂の様子に、千石は小さく笑みをこぼす。
 まるで夜の散歩でもするように遊歩道を歩き、一本の大きな木の側で立ち止まった。昼日中であれば木陰にでもなりそうな場所だ。
「あんまりきょろきょろしちゃ駄目だよ」
「え?」
「だってほら。ここってさ、そういうコトで有名な公園だし」
「・・・なんの話ッスか?」
「わかんない?」
「・・・・」
 千石の笑顔が、少しだけ、変わった。
 次の瞬間。
 木に押し付けられるのと同時に、千石の顔が近づき。唇が、触れた。
「わ、な、何するんスか!!」
慌てて海堂が手を突っ張って体を押し戻せば、千石はひどく驚いたような顔を見せる。
「判ってついてきてるのかと思ってたんだけど」
 けれどそんな表情は一瞬で、次の瞬間にはその口唇の端ににやりと安っぽい笑みを浮かべて、腰を押し付けられる。まだ平常時のままの性器同士が当たる感触。
「ちょ、千石さん、何す―――」
「イ・イ・コ・トv」
 言うなり、再度口付けられた。押し返す手は慣れた様子でかわされ、より体を密着させながら深く口内を犯され。だんだんと海堂の抗う力は弱まって。腿の内側から尻へと執拗に撫でたかと思うと、千石は布地の上から中心をやわやわと握った。
(おいおいおいおいマジかよ、ていうかなんだよこれは・・・うわぁっ)
さっきまで人混みにもまれていた精神的疲労と、唐突に自分の身に降りかかった貞操の危機に海堂の思考回路はすでに正常な機能を果たさず。
「もうこんなになっちゃったし。とりあえず、しよっか」
 千石が、海堂の腰に手を伸ばす。そのまま、器用にベルトを緩めて前を開けていともたやすく海堂のモノが取り出される。
「―――――っ!」
 と同時に。地面に膝をつきしゃがみこんだ千石の口に含まれた。直接的な刺激に少し反応を示し始めてしまっていたソレを生暖かい感触に包まれて、海堂が息を飲む。
あまりの急展開に、海堂は抵抗を忘れてウカツにも大人しくなってしまい。
 そんな海堂の様子を上目遣いに見上げた千石は、舌を絡めて更に煽る。
「う、あ、せ、千石、さんっ」
 両手で支えて窄めた口に吸われ舐めしゃぶられ、早いピッチで海堂は限界近くまで高められて。
「んっ」
 イく、そう思った瞬間。根元をぎゅっと掴まれた。
「は、あっ」
「まだだめー」
「なん、で」
「せっかくだから、一緒にイきたいでしょ?」
 千石は立ち上がり、切羽詰った表情の海堂の顔を見下ろす。ずり下がりそうになる体を背後の木にもたれかけさせてかろうじて立っている海堂の目は僅か涙に潤んで。
 その眦に浮いた涙を舌先で舐め取りながら、千石は自分のモノを取り出した。そして。
「海堂クン、慣れてないっぽいからここまでにしとこうね?」
 物腰の穏やかさに、海堂は徐々に抵抗を忘れて。取られた手に、まだ熱くなりきっていない千石のモノを握らされる。
「ほら、擦って。じゃないと海堂クンもイかせてあげないよ」
 イく寸前で止められている限界の状況に、思考が混濁する。耳元で静かに囁かれる千石の声と体温が慣れないのに心地よくて海堂はただ言いなりに手の中のモノを握り、掴んで。
「ん、そう。もっと、ほら・・・」
「あっ」
 首筋に軽く歯を立てながら、千石は海堂のモノと自分のモノを擦り付ける。思わず海堂の喉から甘いあえぎ声が漏れる。
 次第に、千石の息も少しずつ荒くなり。
「そろそろ、イきそう・・・」
 言うなり、千石は海堂の根元を締め付けていた戒めを解いた。そして。
「ふっ」
「は、あっ」
 二人同時に。お互いの手に、精液を放った。




 肩で息をつきぼんやりとする海堂のモノと自分のモノを、ポケットから取り出したハンカチで軽く拭って。
「手、洗いに行こうか?」
 後始末をして身なりを軽く整えると、千石は海堂を覗き込んだ。
 最初に見せた笑顔よりも少しだけ性格の悪さは滲んでいるけれど中身が見える顔で笑いかけられて。
「なんでこんなことしたんスか」
 海堂のノドは慣れない行為に少し掠れてしまっている。
「え。なんでって・・・海堂クン見てたらしたくなったから、ってのは駄目?」
「・・・ありえねぇ」
「そうかなぁ」
「そもそも、そんな理由が許されるわけねぇ」
「でも、気持ちよかったでしょ?」
「・・・くっ」
 悔しそうに黙り込んだ海堂の腕を引っ張って、立ち上がらせた。二人肩を並べて歩きながら。
「大丈夫だよ、もうしないから」
「当たり前だ」
「ま、ちょっと事故にあったと思って忘れてよ」
 あくまでも軽い調子を崩さない千石に、腹立ちを覚えつつも。
「あー、でもさっきの海堂くんの顔、かわいかったなー」
 にやにやしながら言われて。怒りよりも羞恥の方が上まってしまって海堂は何も言い返せなくなる。
 公園の手洗い場で手を洗って。
「じゃ、おつかれ。今日は楽しかった」
 公園の入口のところで、千石は笑いながら海堂に手を振った。当然、海堂は羞恥に頬を染めたまま睨み付けるように一瞥をくれてから千石に背を向ける。
(流されて何やってんだよ、俺は・・・!)
 一人駅に向かう道を歩きながら、ふつふつと湧き上がるのは無茶なコトをやってきた千石への怒り、というよりもあんなコトを簡単にされてしまった自分への屈辱感。
(忘れよう、もう忘れよう、あんなことは忘れてしまおう)
 海堂の表情は考えれば考えるほど凶悪になっていく。
あまりに予想外な出来事に、海堂はいまだ自分の身に降りかかった現実を把握しきれず。そんな海堂の心を知ってか知らずか。千石が、海堂くんって案外カワイイじゃん、などと思っていたのは、当然海堂は知るはずもなく。
蒸し暑さ残る残暑の夜は更けてゆく。





 ちなみに。頬を赤らめたままガツガツと歩く海堂の周囲半径2mには、人通りの多い繁華街にも関わらず誰が近寄らなかった、らしい。











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