The things you wish |
千石←室町フレイバー薫添え |
部活もすでに終わった時刻。最後の戸締りをする部長達と一緒に部室を出ようとした時、メールを着信しているのにようやく気がついた。 鍵をかける南部長の背中を見ながらメールを確認すると。 『今から部室に行くから待ってて』 と用件のみのメール。 送り主は、千石清純。テニス部3年エースにして、練習サボリ魔。今日も今日とて練習に出てこないと思ったら、今頃になって連絡をしてきたらしい。 「部長、すみません。これから千石さんがくるみたいなんで俺、鍵預かってもいいですか?」 「え? なんだよ、アイツ今頃来るのか?」 「えぇ、今携帯見たらメールが入ってたんで」 「まったくしょうがないなぁ・・・・・・。どうする? 俺も残ろうか?」 「いや、イイッすよ。大丈夫です」 俺にだけ連絡を入れてきてるってのは、俺にだけ用事がある時。そういうとこ、わかりやすい人だから、まぁ付き合い易いと言えば付き合い易いけど。 「じゃあ、悪いな、室町」 南部長と東方先輩が、部室を出て行くのを見送った。 俺にだけ用事があるってのは、言い換えればあの二人に見つかったらあんまりよくないことってコトで。 また何たくらんでるのかと思いながら、俺が部室でだらだらと待っていると。 「室町くん、お待たせ〜」 やたらと元気良く部室のドアが開いて響く軽やかな声。しかし、その後ろにはもうひとつの人影。 やってきたのは、千石さんだけじゃなかった。 「今日はお客さん連れてきたよ」 顔を出したのは、青学テニス部の2年だった。 「絶対仲良くなれそうな気がしたんだよね」 やたら嬉しそうな千石さんの顔に、俺はため息を吐く。 「室町くーん。君も友達の一人くらい作りなさいって」 余計なお世話、と思いながらも仮にも先輩にそんな口をきくわけにもいかないから黙ってあさっての方を向いた。俺にだって友達の一人や二人くらいいるっての。 「あの、千石さん・・・・・・」 千石さんに、多分無理矢理連れてこられたんだろう。困ってるんだか怒ってるんだか微妙に判断つかない表情で千石さんと俺の顔をにらみつけるみたいに見てるのは。 「あ、メンゴメンゴ。この間試合で会ったからしってると思うけど、一応紹介、ね。こっちがウチの2年の室町くん。で、室町くん。こちらが――」 「知ってますよ。青学2年のマムシでしょう」 挑発ととられてもおかしくない口調で言い捨ててやったら。 「マムシって言うんじゃねぇ」 ものの見事に食いついてくる。――思ってたよりも更に単純だ。 「あー、まぁまぁ」 そんな海堂を宥める千石に、メッ、と睨まれた。 だいたい、なんで千石さんが青学の海堂なんかを連れてくるんだよ。 ってそんな俺の疑問を先読みしたみたいに。 「実はさ、この間偶然駅前で会って、ね?」 千石さんに顔を覗きこまれて、海堂は照れたのかちょっとだけ頬を赤く染めてうつむく。その様子に、千石さんが笑う。 ・・・・・・なんなんだよ、この雰囲気は。 「で、ちょっと仲良くなってさ。今日もまた駅前で偶然会ったから、無理矢理連れてきちゃった」 「いや、あの、もう帰るんで」 「えー! まだ来たばっかじゃーん! せっかく来たんだからゆっくりしていきなよ、ほらほら、室町くんも!」 なんで俺が海堂を引き止めなきゃならないんだ、と思いつつも千石さんは俺の言葉を待ってるのは明らかで。 「いれば?」 しょうがないから、そう一言言ってあげれば千石さんがうんうんってカンジで頷く。はいはい、アナタのしてほしいことくらい言われなくなっても見てれば判りますよ。 「え、でも」 「あ、じゃあ俺飲み物でも買ってこようかな。室町くんにもおごってあげるよ。何がいい?」 「いや、あの――」 「あ、俺行きますよ」 タイミングを逸したまま帰るに帰れない海堂に追い討ちをかけるような千石さんの言葉に、俺も諦めて千石さんに協力してあげようとそう言えば。 「いーのいーの。今日は室町くんに海堂くんを紹介しようと思って連れてきたんだから。で、室町くんは何にする?」 いまいち、何が目的なのかわからない。けどまぁ、この人がそう言うなら本当にそうしてほしいんだろう。 「じゃあ、コーヒーを」 「オッケ。んじゃま、二人でゆっくりしてて」 言うだけ言って、千石さんはほんとに部室を出て行ってしまった。 海堂と二人、取り残されてしまえば何も話すことなどない。 気まずい沈黙の中。 「あの人は―――」 ぽつり、と海堂が口を開いた。 「なんだよ?」 「千石さんってのは、いつもあんなカンジなのか?」 あんなカンジ、ってのがまた微妙な言い回しだけど、なんとなくわからなくもない。人の話を聞いてないようなそぶりで振舞ってる癖に、その実思った以上にこっちの話を理解していたりする。 それを全部踏まえた上でアレなんだから、かえってタチが悪いとも言えるけどな。 「まぁ、もともと他人の都合はお構いなしの人だけど?」 「ふん」 返事ともつかないような声でそれだけ言って、そっぽを向いた海堂をちらりと見る。 「まったく、千石さんは本気で俺達を仲良くさせる気なんですかね」 そんなこと口からでまかせだってのは判ってるけどわざと海堂の聞いてみる。 「知るかよ」 吐き捨てるように言う海堂を見て、ふと疑問に思った。 「そういや、なんでアンタはこんなとこまでついてきたんだよ」 「好きでついてきたワケじゃねぇ」 まぁ好んでこんなとこまで来たって雰囲気じゃあないとは思ったけど、だからって別に無理矢理連れて来られたってカンジでもなかったのに。 「へぇ?」 俺が近づいて顔を覗き込めば。 「どうだっていいだろ」 俺を睨みつけてから、また窓の外を向いてしまう。 「ま、いいや」 しばらく眺めていたものの、ラチがあかなそうなんで俺は諦めてこの状況を作った千石さんに軽く嫌がらせしてやろうと、海堂の目の前に座った。 「ちょっとこっち向けよ」 海堂の顎をつかんで正面を向かせた。 「何しやがる?」 睨みつけて、俺の腕を振り払おうとする海堂の腕も掴んで。 「いいからちょっと黙ってろ」 顎をつかんだまま、顔を近づける。唇が触れる直前。 「おまたせ〜、ってうわっ、室町くん何してんのっ!」 戻ってきた千石さんの声と、ガシャンガシャンと缶ジュースが床に落ちる音が響く。 俺は海堂との距離が離れないように顎をつかんだままで振り返った。バタバタと千石さんが走ってきて、俺と海堂の間に割って入った。 「もう、油断も隙もないんだから、室町くんは。一体何をしようとしてたのかなぁ?」 「何って、千石さんが仲良くしろって言うから仲良くしようとしてただけですけど?」 「誰もそんな意味で仲良くしろなんて・・・・・・、あーもう、海堂くんも抵抗して!」 「え、いや、あの・・・・・・うわぁっ」 いまいち何をされそうになってたのか、何が起こってるのかよくわかってなかったらしい海堂が、ようやく現実を認識したらしい。いまさら驚いて顔を真っ赤にしてのけぞった。 ・・・・・・鈍いヤツ。 「お、俺、やっぱ帰りますっ」 「えー、せっかく買ってきたのに、ほらー」 「いや、でも」 そろそろ、潮時かな。 俺は、かばんを手に取って立ち上がった。 結局、この人の意図を汲んじまう自分が嫌でもありつつ、そんなに信頼されてるってことが嬉しくもありつつ。 まぁでもこれ以上ここにいるのはちょっと、ね。 「ゆっくりしていけば。俺もう帰りますんで。あ、千石さん、鍵」 「わ、え、室町くん帰っちゃうのかい?」 「付き合いきれないですよ。あ、コレはいただいてきます」 床に落とされて少し変形した缶コーヒーを拾って、千石さんに降って見せた。どっちにしろ、口止め料みたいなモンでしょ、これは。・・・・・・安い扱いだ。 またも状況についていけないらしい海堂は怪訝そうな顔をしているだけ。・・・・・・この後何されても俺は知らないっと。俺の役目は終わり。 「あ、室町くん」 出口まで俺を追っかけてきた千石さんが耳元で、サンキュ、と小さくつぶやいた。 はいはい、どういたしまして。 扉を閉めて部室を後にする。カチャリと部室の鍵が内側からかけられる音がかすかに聞こえた。 ふと、間近で見た海堂の顔を思い出す。 あいつが、今から千石さんに、なぁ。 「ま、俺には関係ないことだ」 深追いしない。深入りしない。 千石さんはああいう人。海堂なんてヤツ、俺は知らない。 「さ、帰ろう」 見上げた空。夕焼けのオレンジ色がやたらと千石さんの髪の色を思い出させるから、俺はカバンで空を視界から遮った。 |