Fateful Day
岳人×海堂




 向日岳人は、駅前の大通りを珍しく一人で歩いていた。
 いつもなら誰かしらとつるんで、時には結構な大人数で出歩くのが常なのだが。
(土曜の午後だってのになんで一人で出かけてんだろ、まったくさー、今日に限って侑士は用事あるって言うし、跡部なんか絶対付き合ってくれるわけないし、宍戸と長太郎もいつもどおり練習するっていうし、ジロちゃんはまだ寝てたし、日吉なんか話する前にいなくなってたし、滝は最近付き合い悪いし)
「ちぇっ、せっかく午後練習がない土曜日なのに」
 岳人は、舌打ちして唇を尖らせた。
 今日は行きたいところがあったのだ。
「絶対、侑士なら付き合ってくれると思ったのになー」
 岳人の手の中には、二枚の紙切れ。最近人気のディズニー映画のチケットだ。
 父親がどこかからもらってきたらしい映画のご招待券は、有効期限が今日までとなっている。
「こんなことなら誰か誘っとけばよかったー」
 端から部活の後に行くつもりだったから、誰か一人くらい捕まるだろうと思ってクラスのヤツらには声をかけていなかったのがアダになった。
「今からいきなり呼び出すのもダルいしなぁ・・・・・・」
 かと言って一人で見るのも寂しいし、どうしようかと悩んでいると。向こうから見覚えのある人影が歩いてくるのが見えた。
(あれ・・・? あれって確か・・・・・・)
 徐々に近づき、顔の輪郭がはっきりしてくると岳人は確信した。この間の大会で当たった青学の2年のヤツ。
 トレードマークのようなバンダナはなく私服だが、睨みつけるみたいなキッツイ目つきは間違いない。
「おい」
「あぁ?」
 岳人は走ってソイツの目の前に飛び出た。突然現れた岳人に多少うろたえながらもギッと睨みつけられた目が、岳人を見て驚いたように見開かれる。
「オマエって確かアレだろ、青学の、えっとえっと・・・・・・」
 声をかけたものの、名前を思い出せない岳人はしばらくアレアレ、と意味不明な言葉を呟いたあと。 
「そうだ、マムシ!」
 試合中に、おんなじ青学の2年のツンツン頭のヤツが呼んでいた名前を思い出した。けれど。
「・・・・・・・・・海堂ッス」
 本人に小さく否定される。
「え、マムシって呼ばれてたじゃん!」
「・・・・・・海堂ッス」
「あ、そうか。マムシってあだ名だったのか」
 不機嫌そうにしている海堂も、岳人を思い出したのだろう。一応自分よりも先輩であることはわかっているらしく、それ以上は何も言わない。
 岳人も名前を聞いて、そういえば青学との試合前のミーティングでカントクがそんなようなコトを言っていたな、と思い出す。
「海堂、ね。よし、ちゃんと覚えた。で、海堂は今何してんだよ?」
「何って・・・・・・ちょっと買い物ッスけど」
 慣れ慣れしいと思いつつも、他校とは言え一応顔見知りの先輩だ。ある程度礼儀にうるさくしつけられているせいか、邪険に断ることも出来ずに海堂はつい答えてしまう。
「買い物って、急ぎ?」
「そういうわけじゃないッスけど・・・・・・」
 その言葉に、待ってましたとばかりに岳人がにやりと笑った。
「海堂、映画好き?」
「え? なんなんスか、突然」
「だから、映画、好き?」
「はぁ、まぁ」
岳人は、海堂がかなりの映画好きで、部屋にホームシアターばりのスピーカーと大きな液晶テレビまで置いてあることを、知らない。
「じゃあさ、ちょうどいいや、ちょっと付き合えよ」
「え、あ、あの」
 何か言いかける海堂の目の前で、例のご招待券をひらひらとふってみせる。
「じつはさ、これ持ってんだけど今日まででさー。今日に限って誰も付き合ってくんなくって、しょうがないから一人で来たんだけど、一人で行くのも寂しいしどうしようかと思ってたんだよなっ」
「はぁ」
 差し出されたチケットに、海堂の目が釘付けになる。
 その映画は、そもそも今日、海堂が見に行くつもりだったモノだ。
「映画はタダで見れるし、よくねー?」
 海堂の様子に、きまりだな、と岳人は思いながら腕を掴んだ。
「いや、でも、そんなん悪いッス」
「いーのいーの、どうせ俺一人で見てもつまんねーなーと思ってたところだし」
 映画館は目と鼻の先。電光掲示板を見れば、次の上演時間まではあと5分。
「やっべ、海堂もうすぐ始まるって!」
 



「ほら、今日付き合わせたから俺のオゴリ」
「え、あ、スンマセン・・・・・・」
 岳人は、映画館から少し離れたコンビニの前で待たせていた海堂に、買ってきたばかりの冷えた缶ジュースを手渡す。
「にしても、オマエ泣き過ぎ」
 笑って顔を指差す岳人に、海堂は照れたような、少し不貞腐れたような顔で俯く。
「でも意外だったなー。海堂が涙もろいなんて」
「動物とか、そういうのは、弱いんス」
 岳人に指摘された通り、泣き過ぎ、というよりも、気にして擦り過ぎたせいで少し赤く腫れた目元を気にしているのだろう。
 顔を隠すように下ろした、少し長めの前髪を指先でいじる海堂の指先を、岳人がぼんやり見ていると。
「あ、向日!」
 突然、道の反対側から声をかけられた。
「おー!」
 慌てて顔を上げてそちらを見れば、同じクラスのヤツが走ってくるのが見える。
 車道を渡って駆け寄ってきたそいつは、岳人の隣にいる海堂を見て一瞬ぎょっとした顔をする。
「こんなとこで何してんだよ。―――アレ誰? 泣かしてんの?」
「バーカ、わけわかんねーこと言ってんじゃねー。青学のテニス部のヤツだよ!」
「つか、え? やばくね? オマエ何したんだよ?」
「だからなんもしてねーっつの! 一緒に映画見に行っただけっ、な? 海堂!」
「ッス」
 同意を求められて、海堂も頷く。
 しかし、海堂が明らかに泣いた後の顔をしているせいだろう。
 まだ疑いのまなざしを向けるクラスメイトに、岳人がキレた。
「なんで俺がなんかしなきゃなんねーんだよ! わけわかんねーこと言ってねーでどっか行け!」
 その剣幕に、海堂は驚いたものの、言われた当の本人は慣れているのかそんな岳人の頭を掴んで大声で笑う。
「冗談冗談、んな怒るなって。ほら、ツレびっくりしてんじゃん」
「だからオマエが余計なこと言わなきゃいいんだろっ」
 クラスメイトを追い返すようにあしらうと、岳人は海堂を振り返った。コンビニ脇の段差に座ったままだった海堂の横に座り直して、飲みかけのジュースを口に運ぶ。
炭酸のシュワシュワが、喉を通り過ぎていく感触が気持ちいい。
 海堂も、手渡された缶ジュースを開けた。買いに行く前に好みを聞かれたお陰で、海堂の手にあるのは、濃縮還元ではあるが一応100%のアップルジュース。
 そんなに意識はしていなかったが、海堂も案外喉が渇いていたらしい。缶の半分ほどを一気に飲み干すと、暑さのせいで缶の外側についた水滴が手首を伝う。
 缶の端を口に咥えたまま、岳人は手を伸ばした。
 海堂の腕を伝う小さな水滴に、触れる。
 驚いた海堂の肩に手を回して、顔を近づけて笑った。
「今日はありがとなっ」
「いえ、こっちこそ、なんか得しちまったっつぅか」
「いいっていいって、俺が誘ったんだし」
(一応、俺のが先輩なんだし)
 岳人の笑顔につられて、海堂も口元を少しゆがめた。
 当然だが、試合をしている時の海堂の記憶しかなかった岳人は、少し意外そうに海堂の顔を眺める。
「なぁんだ、海堂って笑うと結構カワイイじゃん」
「・・・・・・っ!」
 わざと真下から覗き込む岳人に対して、海堂は照れたようにそっぽを向く。そんな海堂の様子がおかしかったのか、ひとしきり笑った後。
 飲み終えたジュースの缶を、ゴミ箱に放りこんだ。
「さって、んじゃ、帰ろっかな」
「あ」
 海堂が何かを言う前に、岳人は立ち上がりその勢いのまま手を振って段差から飛び降りる。
(うん、気に入った! 海堂。いいじゃん)
 ある程度の上下関係はあるものの、部員数が多いせいで先輩後輩の仲が比較的希薄な氷帝学園では、後輩と一緒に出かけるなんてそういえばあんまりないかも、と岳人は思う。
 そもそもレギュラー以外の部員とはなんとなく雰囲気が良くなくて、あんまり喋ったりすることもないことを思い出す。
 3年の部員を差し置いてレギュラーになる2年などそう何人もいないし、ぶっちゃけ氷帝テニス部の性質上、2年でレギュラーにあがってくるようなヤツは先輩になついたりとかするような、そんな可愛い性格をしていない。
 そんなことを考えながら。
 振り返った岳人に、海堂は、呆気にとられたみたいな顔をして見ている。
「今度はテニスでもしよーなっ」
 もう一度手を振って、飛び跳ねるみたいに走り出す。



 そんな岳人を見送りながら。 
「今度は、って・・・・・・いつ会うつもりだよ」
 携帯番号も教えてないのに、と小さく呟いた海堂の声は、もちろん岳人には届いていない。











<-menu


inserted by FC2 system