tasty eyes
切原×海堂




 あの目が、忘れられない。
 額から滴る血液を手の甲で乱暴に拭って、相手を睨みつけた時の鋭い目。
(マムシってのは、確かに言えてるんじゃねーの?)
 本人は嫌がってるらしいあだ名を思い出して思わず、笑う。
 そう、本当にあの時の海堂薫の目は、まるで獲物を狙う蛇のような強さを持っていた。
 俺、切原赤也でさえ、一瞬背筋がゾクッとするほどの威力だったんだ。
 青学の試合を見に行ってからもう三日も経っているというのに、いまだに身震いしてしまうほどに。
「あの、血がいけねぇや・・・・・・」
 試合中、転倒して怪我をした額から血を流していた海堂を思い出す。日焼けした肌と黒く艶やかな髪の毛と滴る鮮血。赤と黒が鮮烈に交じった日焼けした肌色のコントラストを思い出して、ゾクリと背筋が波立った。
 俺は、自分より弱いヤツに興味はねぇ。同じ二年、しかも部長の手塚さんには到底かなわないらしいその実力。本来ならば俺が気にするような相手じゃあねぇ。なのに。
「なんでこんな気になんだよ」
 いらいらする。
 絶対負けない自信がある。ていうか全然負ける気なんかしねぇ。そんなこと、試合をしなくたってわかっている。それなのに。
「アイツを負かしてやりてぇ・・・・・・」
 海堂薫を、自分の手で、倒したい。
 そうしたら、アイツはあの目で俺のことを睨みつけるんだろうか。
 あの目が、俺に向けられる。
 そう思ったら、また、背筋をゾクッと何かが走った。



 あれから。
 俺はどうしてもアイツの目が忘れられなくて、部活をサボって青学近くの公園まで来ていた。
 だいぶ日も暮れて、下校する青学の生徒の姿もまばらになってきた。あまり人目にはつかない公園の入り口付近の木にもたれて、ぼんやりと道行く青学の生徒を眺めていると、自転車に二人乗りをした見覚えのある人影が通り過ぎた。
「後ろに乗ってたのは越前だよな・・・・・・」
 もう一人は、確か桃城ってヤツだ。ってことは、テニス部も終わって帰り始めてるハズだ。普段は部活後に学校で自主練をしてから帰る海堂だが、毎週水曜日は最終下校時間が早いせいでその時間がないから、この公園で自主練をしている、ってのは柳先輩のノートを盗み見て確認したから間違いないはず。
 俺の顔を知っていそうなテニス部の面々に見つからないようにやり過ごしながら海堂の姿を探すと。
「・・・・・・やっと、来た」
 三年レギュラー以外の部員たちがあらかた通りすぎたところで、ようやく見覚えのあるバンダナ姿が目に入った。
 さっき通り過ぎた越前と桃城は制服姿だったが、海堂はハーフパンツとTシャツにジャージの上を羽織っただけの姿で、とりあえずはテニスをするために来た俺にとっては好都合だ。
 ・・・・・・テニスの後は、さておき。
「よう」
 俺はかばんを肩に担ぎなおして、公園の入り口に差し掛かった海堂に声をかけた。
「オメェは・・・・・・」
「もちろん、俺のことは知ってるよな?」
 一瞬驚いた表情を見せたものの、すぐに人を遠ざけるような険のある表情に戻って。
「立海大2年、切原赤也」
 嫌そうに俺の名前を言う海堂があまりにも予想通りの反応で、俺は嬉しくてにやりと笑った。
「そ。青学2年、海堂薫クン」
「なんの用だ」
 けれど、俺が笑ったことさえ気に入らないみたいな仏頂面の海堂の視線が険しくなる。けど、まだ足りない。試合中の視線の強さは、こんなモンじゃなかった。
「まぁまぁ、そんな慌てんなよ」 
「・・・・・・用がないなら、行く」
「あーもう、用がないなんて行ってねぇって。せっかくアンタに会いにきたのに」
「俺に?」
「そ、アンタに」
 笑う俺を不審の思っているのを隠す気もないらしい。訝しんでるの丸分かりな顔で俺の真意を伺っているらしい海堂に近づいて、肩に手を回した。
「アンタに、試合申し込もうと思って」
「試合だと?」
「俺と、1ゲーム、してくんない?」
「・・・・・・断る」
「へぇ? ビビってんの?」
「んだとぉっ?!」
 ちょっと挑発するような言い方をしたら、途端に顔色が変わる。・・・・・・柳先輩のノートってやっぱすげぇ。書いてあった通りだ。気が短く、挑発に乗りやすい。
「俺に負けんのが怖いんだろ?」
 だから、俺はさらに海堂を煽るように言葉を選んだ。
「俺をバカにしてんのか?」
「怖くねぇんなら、俺と試合してみろよ」
 海堂の視線が険しくなる。人をムカつかせるのは、得意だ。追い討ちをかけるように、顔を近づけてにやりと笑ってみせた。
「やってやろうじゃねぇか」
「よし、決まり。そんで、俺が負けたらアンタの言うこと聞いてやるよ。その代わり、アンタが負けたら俺の言うこと聞けよ」
「はぁ? なんでんなことまでしなきゃなんねぇんだ」
 もっともな海堂の発言も、安っぽい言葉でねじ伏せる。
「やぁっぱり、勝つ自信ねぇんだろ?」
「んだとコラァッ」
「決着は、コートでつけようぜ」
 殴りかかりそうな勢いの海堂のこぶしを、片手で掴んで俺は顎でコートを示した。こんな簡単に乗せられてくれちゃっていいのかね? と思ったものの。
「ふん。・・・・・・早くきやがれ」
「そうこなくっちゃ」
 正直、ここまでうまくいくとは思ってなかったけど。
 作戦通り、どころか予想よりもかなりうまくコトが運んで、羽織ったジャージを脱ぎながらコートに向かう海堂の背中に、俺はこみ上げてくる笑いを必死で抑えて海堂の後を追った。



 試合自体も、結構面白かった。柳先輩に聞いていた通り、粘っこいプレイスタイルで相手の体力をじわじわ削いでいく、まぁどっちかっつったら華はないけれど地味にいやなプレイをするタイプだ。
 そんなことよりも、俺にとって重要なのはまったく別のことで。
(そうだよ、この目だよ・・・・・・)
 試合中の海堂の目が、たまんなかった。
 俺をじっと睨みつけるあの目を、この後思う存分見下ろせるかと思うと、なんだかワケがわかんねぇくらい興奮した。
 打ち込んだボールを追っかけてく視線とか、打ったボールの軌跡の先から俺に向かって焦点が移ってくとことかが、やたらとゾクゾクした。
 俺はずっと海堂の目を見ていて。
 目が合う度に睨みつけてくるのが嬉しくて、俺は力いっぱい海堂めがけてボールを打ち込む。
 狙い通りに時々海堂の体を掠めたボールのせいで、体にはいくつもの擦過傷ができているんだろう。それに加えてさっきムリにボールをおっかけてったせいで転んでできた膝の傷から、細く血が流れているのも見える。
「たまんねぇ」
 俺は、小さくつぶやいた。
 試合展開は、終始俺のリード。
 まぁ、うっかり海堂を見過ぎちまってサービスゲームはひとつ落としたけれど、結局最終的には6−3。
「俺の勝ち」
 言いながら、コート脇の芝生に座り込んだ海堂に近づいた。
 カバンから取り出したタオルで顔を拭いている海堂の横に座ると、腕に赤くこすれたような傷口が見える。多分、俺が打った球が掠めた時にできた傷だろう。
「腕、見せてみろよ」
「触るんじゃねぇ」
 血の滲んだ場所を見たくて腕を掴んだら、乱暴に振り払われて俺はカッとなる。
「俺、勝ったんだけど」
「あぁ? だからなんだ」
「勝ったら、俺の言うコト聞くんだろ」
「あんな賭け、オマエが勝手に言ってただけだろう。従ういわれはねぇ」
「はん、生意気言ってんじゃねぇよ。負けたくせに」
「んだと?」
 海堂にはかまわず、俺は強引に腕を掴むと傷口に顔を近づけた。間近で見ると結構な広範囲にわたって肌が擦り切れてしまっている。俺は、浮かんでくる鮮血を舐め取った。
「っつ」
「痛そうだなぁ」
「触んなって言ってんだろっ」
 舌の感触が痛覚を刺激するのか痛がって腕を振り解いた海堂を、俺は立ち上がって見下ろしてから。
 何も言わずに、肩を蹴りつけた。
 衝撃で後ろに倒れた海堂の体を芝生に押さえ込んで、そのまま体を沈めて、軽く持ち上げた海堂の足に顔を近づける。膝は、すでに血が固まりかけた傷口。舌先で触れたら汚れているのか口の中がじゃりじゃりする。それがイヤで、俺は脇に置いていたペットボトルの水を口に含んで吹き付けた。
「いっ」
 痛がる海堂の傷を洗ってから、俺はもう一度舐めた。
 かすかな血の味が口の中に広がる。
「やめろって言ってんだろ」
 もう一度、口をつけようとした俺の髪を、海堂が引っ張った。
「・・・・・・おい」
 俺は、海堂の腕を払いのけるともう一度、海堂の顔を真上から覗き込む。
「言うこと聞けっつってんだよ」
「ふざけんじゃねぇよ」
 睨み付ける海堂の目に一段と力がこもる。その視線に気をとられた瞬間、海堂の腕が動いて頬に一撃食らってしまった。
「いって」
 じわりと血の味が広がる。口の中を切っちまったらしい。
 下半身を押さえ込んだ状態の俺の方が体勢的には有利だ。俺は反射的に海堂を殴り返した。俺の拳をモロに食らって、殴れらた場所を擦った海堂の手に血がついた。
 よく見れば、歯が当たったのか唇が切れている。結構深く抉ったみたいで、みるみる赤い血が盛り上がってくる。濡れる感触が気に入らないのかまた擦ろうとした海堂の手を掴んで、その傷口を舐めた。鉄っぽさと、くらくらする匂い。
 暴れようとする海堂の頭を掴んで深く、口付ける。濃厚になっていく血の味と海堂の唇の感触をひとしきり味わってからようやく海堂から離れた。
「たまんねぇ」
 いきなりのキスに驚いたのか、開きっぱなしの海堂の唇は赤く血で汚れて、それがもう俺の血液なのかアイツの血液なのかよくわかんねぇ。
「うぁっ」
 俺は、衝動のままに思いっきり歯を立てて、首筋に噛み付いた。
 日焼けした褐色の肌にくっきりと残る噛み跡を、舌先で辿る。案外薄いらしい皮膚の下にかすかに赤色が滲む。
 噛み付くたびに聞こえる、低く呻く海堂の声がもっと聞きたくて俺は幾度も噛み付く。噛み付きながら、体をずらして。
 ハーフパンツのズボンに手をかけて、下着ごと一気にひききずりおろしたのと同時に、あらわになった腿の内側に噛み付いた。
 痛みの所為か、息を飲んだのと同時に俺の肩を掴んでた海堂の手に力が入って、服の上からなのに爪が食い込む。
「イテェっつの、おまえワザとやってんのかよ?」
 自分が噛み付いたのが原因なのは当然判った上で、なじるように海堂を見上げた。と同時に、目の前にある海堂の中心を掴めば、怒り、なんだろうか。さぁっと目の端に朱色が走って、なんだか判らないけれど心臓がドクリと高鳴る。
「うっ」
 海堂の顔をじっと見たまま手の中のモノを擦りあげれば、開いた口からさっきまでの痛みに耐えるうめき声とは少し違う声が漏れた。
 閉じた目の端から、零れたのは涙?
 顔を近づけ、舌先で舐めとってみると微かな塩味がする。
「泣いてんじゃねぇよ」
「泣いて、なんか、いねぇ」
 途切れ途切れの声で言うと、俺を押しのけるようにしながら両腕で顔を覆ってしまった。
 あの目が、見えない。あの目が見たくて、今こうしてるって言うのに。
「いっちょまえに顔なんか、隠してんじゃねぇよ」
「うる、せぇ」
 口の減らない海堂の腕を掴んで無理やり引き剥がすと、軽く捻りながら地面に縫い止めた。
 多分、間接が痛むんだろう。顔を引きつらせた海堂が、俺をにらみつける。
 この状況でも、コイツの目はまだ死なねぇ。下半身だけを裸に剥かれ、文字通り男に組み敷かれるっていう屈辱的以外のなにものでもないこの状態でさえ、コイツはまだ俺の心臓を鷲掴みにするような目で、俺を睨み付けている。
 ドクンと血液が下がる。この目で睨まれるたびに硬くなってくのを感じてた自分のモノも、だいぶ限界が近づいてきた。
「やっべ、俺、本気になってきた」
 俺は自分の頬が引きつってくのを感じながら、自分のモノを海堂のソコに押し付けた。
 頬が、引きつる。どうしても、笑ってしまう。―――楽しくて仕方ない。
 ムリに押し入るように、ソコに先端をあてがう。
「いい、加減に、しやがれ・・・・・・っ」
 この状況でもまだこんなコト言う余裕があるのかよ。
 そう思ったら嬉しくてたまらなくて、窮屈な 場所に無理やり腰を推し進める。
「いっ、――――」
 耳に響く海堂のうめき声が心地いい。
 もっと痛がればいい。
「ふざ、けんじゃねぇ、よ・・・・・・っ」
 荒い呼吸とかすれた声で泣いて叫んで、もっと俺を罵ればいい。
「ふざけてなんかいねぇ、よ」
「うぁっ」
 痛いくらいに締め付けられるソコの一番奥まで押し込むと、海堂の口から悲鳴に近い声が漏れた。海堂の苦痛が、俺の快感に変わる。罵られれば罵られた分だけ自分の行為が海堂に傷をつけているのだと実感できる。傷つければ傷つけるほど、きっと海堂は俺を見る。
 あの目が、また、俺を見る。
 腰を掴んで体を揺さぶって。
 閉じたまぶたの端からこぼれた涙が、街灯を反射して海堂の眼球をキラキラと輝かせる。その輝きの奥にたぎるのは、俺を憎むほどに熱のこもる視線。
 閉じた瞼が開く。
 焦点の合わない視線が揺れて、そして、俺を見た。
 仰け反った肌の色と、黒髪と、ところどころに飛んだどす黒い血の跡に、俺は柄にもなく「キレイだ」なんて思ってしまって。
「海、堂・・・・・・」
 思わず口をついて出た声に反応するように海堂の目が見開かれて、何故か俺は引き寄せられるように、少し血の気をなくしたかさかさする海堂の唇にキスをした。
 こんな甘ッたるいコトがしたかったわけじゃないのに。
 そう思いながら、まだ血の味の残るキスをしながら、俺は海堂の中に欲望の塊を吐き出した。


 
(なんでこんな男相手にその気になってんだ俺は)
 出してすっきりしちまえば、一瞬、頭が冷める。
 胸を上下させるくらいに呼吸を荒げて、俺の首の後ろに爪を立ててる海堂の腕を外して放り投げたら海堂がダルそうに顔を向けた。
 引き抜いた自分のモノは吐き出した精液と無理に突っ込んだせいで切れた海堂の傷口からこぼれた血で汚れていて、ゴムをつけなかったことをちょっとだけ後悔した。
 その時の俺の顔を見ていたのか。
「勝手に盛って勝手にヤッて勝手にイッて、出した途端にイヤそうな顔してんじゃねぇよ」
「うげっ」
 ようやく自由になった体で反撃するように、横っ面を蹴り飛ばされた。
「何しやがる」
 思いっきり靴のかかとで蹴られた頬を押さえて海堂を見下ろすと。
「それは俺の台詞だ」
 唾でも吐きかけそうな勢いで罵る海堂の威勢の良さに、俺は、逆に―――あぁ、コイツおもしれぇ、と思ってしまって。
 やるだけやって満足してたハズなのに、俺は海堂のモノを掴んだ。
「ふん、じゃあオマエもイカせてやるよ」
「そんなコト頼んじゃいねぇっ、わ、おい、バカヤロウ、やめろ、うあっ」
 途端に慌てた海堂の動きを封じるように、片手で足を開かせるように腿を押さえて、空いた片方の手はさっき俺が吐き出したものでぐちゃぐちゃの後ろに指を突っ込んだ状態で、俺は海堂のモノを口に含んだ。
「あっ」
 明らかに、さっきまでと声が違う。
 ちょっと煽ったせいで中途半端に勃ちかけてた海堂のモノは口の中で転がすように舐めた。
 息を飲む海堂の反応を面白がって続けていると、口の中でだんだん硬さを増していく。
 とろりと舌に広がるなんとも言えない慣れない味に吐き出しそうになったのをなんとか抑えて、足を押さえてた腕を離して付け根を撫でながら軽く吸ってみた。
(俺のより、でけぇんじゃねぇ?)
 なんてコトを考えながら、ケツに突っ込んだ指もグリグリ動かしてやれば耐えられないとでも言うように、海堂の腰が浮く。
 だいぶ、限界か?
 俺は、口を離した海堂のモノを手で握りなおしてから起き上がって、転がったままの海堂に覆いかぶさった。
「オマエも、イケよ」
 耳元で言ってから、手の中のモノを上下に強く擦りあげる。
 海堂の荒い呼吸を聞きながら、開きっぱなしの唇の端を舐めてみる。俺の体を押し返すように肩を掴んだ手に力が入って。
「あっ」
 こぼれた声を飲み込むように俺が深く口付けたと同時に、海堂は俺の手の中で果てた。






「おい、切原」
「んぁ?」
 部室で昼寝しているところを、柳先輩に起こされた。
「いつまで寝てるつもりだ。そろそろ真田がキレるぞ」
 よく見てみれば、まだジャージに着替えてないのは俺だけで。
「あー・・・・・・今日、帰っちゃダメッスか?」
 ダルさも手伝ってかわいくおねだりしてみたけれど、当然聞き入れてもらえるハズもない。不貞腐れて、状半紙は机に突っ伏したまんまの状態で顔だけ上を向く。
「柳先輩、アレ、ちょびっとだけ間違ってたッスよ」
「なんの話だ」
 盗み見た、柳先輩のノートの海堂について書かれていたこと。
 挑発に乗りやすいし、気も短かかったし、テニスのプレイスタイルなんかは柳先輩が書いてた通りだった。だけど、一つだけ間違ってたコトがある。
「・・・・・・なんでもないッス」
「どうした?」
 急に黙って、ゴンと音を立てて額を机にぶつけた俺をどう思ったのか、柳先輩が珍しく俺を気遣ってくれてるみたいな優しい声で聞き返してくれた。
 ―――と思ったのもつかの間。
「仁王」
 背後から、柳先輩の声。
「・・・・・・仁王先輩、またっスか?」
 俺は、顔を上げてもう一度マジマジと目の前の柳先輩もどきの顔を見ると。
「このカツラ、ようできとるじゃろ?」
 柳先輩の髪型そっくりのヅラを持ち上げて見せる。
「仁王、練習熱心なのは結構だが俺はオマエと入れ替わるつもりはないから無駄なことはやめておけ。切原も早く着替えろ。そろそろ真田が来るぞ」
「ウィーッス」
 仁王先輩だって気づかずに言わなくて良かった、と俺は内心でホッとしながら、もう今日はサボれねぇと諦めて立ち上がった。
 柳先輩のノートには、書いてなかった。
 理由とか気持ちとか、そんなのはよくわからないけれど離れがたくて海堂の体を抱きしめた俺に、海堂はそれ以上抵抗しなかった。それどころか、強姦したオマエが泣いてんじゃねぇ、って言いながら俺の頭を撫でたんだ。
 これは言い切れる。
 俺は、あの時泣いてなんかいなかった。
 ただ、自分でヤったことだってのは分かってるのに目の前の現状があんまりにもアレだったから、一瞬気が動転しただけだ。悲しかったわけでも、辛かったわけでもねぇ。
 それなのに。
「海堂は優しいって、一言書いといてくれよな」
 ロッカーに向かって、ポツリと呟いた。
「何か言ったか?」
 まだ柳先輩の真似を続けてる仁王先輩に聞き返されて。
「なんでもねぇッス」
 俺はへへっ、と笑って見せた。
 試合中の闘争心剥き出しの目も忘れられない。
 組み敷いた時の驚きと憎しみの篭った目も忘れられない。
 イク時の熱を孕んだ潤んだ目も忘れられない。
 それなのに、最後に俺の顔を覗き込んだ心配するような目が、一番忘れられないなんて。
 思い出して、にやけた自分が気持ち悪い、と思いながらもまた海堂に会いに行こうと思った時。
「ところで切原。海堂がどうしたんだ?」
 今度は本物の柳先輩に声をかけられて、俺は手に持っていたジャージを取り落とした。











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