ファミレス・ボンバー |
「あっれー!?」 聞き覚えのある叫び声に、千石と亜久津は振り返った。 「やぁっぱりー、千石と亜久津だー。やっほーv」 ぶんぶんと大袈裟に手を振る声の主は。 「あー、菊丸くーん」 立ち止まり、こちらも周囲の目などお構いなしに大声で返す千石を横目で見ながら、亜久津は面倒が起きそうな予感を感じて、溜息を吐いた。 菊丸の後ろには、不二の姿も見える。 「わー、偶然だにゃっ」 半ば飛び上がるように走ってくる菊丸を、千石は手を振って迎えて。 亜久津は、いつもと変わらず機嫌の悪そうな顔でちらりとじゃれる二人を見て、あさっての方向に視線を向けた。 その横で、久しぶりー、だの、最近何してるー、だの。 いつからお前らそんなに仲良くなったんだよ、というツッコミを、亜久津は飲み込んだ。 そうこうしているうちに、菊丸の後を取り立てて焦るでもなく追ってきた不二が、ようやく3人に合流した。 「や、不二くんも久しぶりっ」 ナンパ師千石の笑顔は、たとえ隣に亜久津が居ても健在だ。その笑顔に、不二もにっこりと笑い返す。その二人の応酬をにこにこと見つめる菊丸と、気味悪げに視線をそらす亜久津。 「ところで、二人は何してるの?」 不二の問いかけに。 「今からお昼食べに行こうと思ってたんだけど」 千石は目の前のファミレスを指差した。 「わ、またまた偶然だにゃっ、俺らもこれからお昼食べに行くトコにゃんだよー!」 「うそ、じゃ、一緒に行く?」 嬉々として盛り上がる千石と菊丸の横で、亜久津はただ不機嫌そうに眉間の皺を固定した表情をしている。 「いいの、僕達一緒に行っても?」 からかうような笑顔を浮かべた不二の視線が、チラリとそんな亜久津を見る。けれど、亜久津は黙ったままその身に纏う空気の色に剣呑さを増していくだけ。けれど、そんなコトに頓着する者はここにはおらず、亜久津も無駄だとわかっているのか、何かを言う気はないらしい。 「全然オッケー、ね、あっくん?」 「・・・勝手にしろ」 千石の言葉に、そう一言言い捨てて、亜久津は先に立って歩き出した。無言で扉を開ければ、その後ろに立った千石が扉を押さえて不二と菊丸を先に通している。たいしたフェミニストっぷりだ。・・・いつもは同じコトを亜久津にやって、いちいち嫌がられているのだが。 ほどなく、店員が4人に声をかけた。 「いらっしゃいませー、何名様ですか?」 「4人ですー」 明るく答えるのは、千石。 「おタバコ吸いますかー?」 「はーい」 「えー、タバコの煙、嫌いだにゃー」 「・・・」 菊丸の何も考えていない声に、亜久津が沈黙したまま不機嫌を表す。 「えぇっと、どうされますかー?」 困った店員の声に。 「・・・喫煙席で」 亜久津の低く響く声。 「か、かしこまりました〜」 亜久津の睨みが利いたのか、意外とあっさりと喫煙席に通された。 菊丸が、奥に。その隣に不二が座り。 「あっくん、奥、いいよー」 にっこりと笑って千石に勧められて。 「おう」 亜久津は素直に向かい合わせのボックスタイプ、ベンチシートの4人席に納まった。 千石と亜久津にとってはいつものこと、だったのだけれど。 「へぇ・・・」 なにやら意味深な不二の視線に。 「なんだよ?」 亜久津は不二をぎろりと、睨む。そこへ、ウェイトレスがやってきて。 「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びくださいませ」 おしぼりとメニューを置き一礼して、立ち去った所為で、先ほどの一触即発とも言うべき空気は払拭されてしまい、亜久津は視線のやり場に困ってちっと舌打ちを一つ打った。 「にゃ、にゃ。何食べよっかにゃー」 そんな亜久津と不二のにらみ合いに気づいているのかいないのか、2セットしか置いていかれなかったメニューの一つを、菊丸が広げた。そして、不二と二人でメニューを覗きこんだ。 と、なると。必然的に。 「あっくーん。どれにするー?」 一緒にメニューを見ることがそんなに楽しいのか、千石の顔には満面の笑み。 「あぁ?」 とりあえず火はつけずにタバコを咥えてメニューを覗き込んだ。パラパラとメニューをめくり、しばらく逡巡した後。 「・・・オムライス」 「ん。で、飲み物は? フリードリンクでいい?」 「あぁ」 当たり前のように亜久津のオーダーを聞き。 「あ、決まった? んじゃ、店員さんを呼ぼう」 言って、捕まえた店員に、自分の分のオーダーと同時に亜久津の分を一緒に頼む。さらに。 「ドリンク、何にする?」 「メロンソーダ」 「不二くんと菊丸くんは?」 「俺は見に行くー。不二は? どうする?」 「んー、カフェラテ、かな」 「じゃ、俺持ってきてあげるよ!」 千石と菊丸がドリンクバーに歩いていく背中を見つめながら。 「ちょっと意外・・・」 言うともなしに呟かれた不二の言葉に、亜久津が煙を吐き出しながら反応する。 「何がだよ?」 「亜久津くんと千石くん、うまく行ってるんだ?」 「はっ」 (うまく行ってるも何も千石が勝手に・・・) とは心の中だけで呟く。けれど。 「付き合ってるのは気づいてたけど、そんなにうまく行ってるとは思ってなかったよ」 ある意味お構いなしな不二に、にっこりと微笑まれて。 (つぅか、コイツ、いつどこで俺と千石が付き合ってるって・・・) 「あ、そんなの僕には見ればわかるから。隠そうなんて思わないほうがいいよ」 まるで亜久津の思考を読んだかのような言葉と、笑顔の下に隠された牙の欠片を見て取って、亜久津は気温がさっと下がるのを感じてぞっとする。その時。 「ただいまだにゃー」 気の抜けた炭酸のような声で、菊丸が戻ってきた。 その手にある、オレンジがかった乳白色をしたコップを見て亜久津が顔をしかめる。 「なんだよ、それは」 色的に、ありえないその色に亜久津が問えば。 「オレンジカルピス!」 「・・・は?」 「オレンジジュースとカルピスを混ぜたんだよねー」 「ああ、英二好きだよね」 「うん、おいしい。亜久津もやってみなよ!」 「・・・やらねぇよ」 「えー、おいしいのにー」 英二が言う傍らで、なにやら不二が店員を呼びつけている。そして、戻ってきた店員が手にしていたのは。 「タバスコ?!」 亜久津はさすがに驚いて、声を上げた。 「うん、やっぱコーヒーにはこれがなきゃ」 にっこりと笑う不二に。 「これだけは不二がいくらおいしいって言っても真似できないにゃ」 カフェラテにタバスコ・・・。 すでに亜久津の常識ははるかに超えて、まったく見えない位置にあると感じて、亜久津は考えることを放棄した。横で、千石が興味津々でオレンジカルピスを一口もらったり、タバスコ入りコーヒーの匂いをかいだりしているのを横目で見ながら、ただ黙々とタバコをふかす。 精神的疲労の多いこの時間が早く過ぎればいい、そう思っているのは、どうやら亜久津だけのようで。 頼んだ品も無事に全て届き、和やか(一部除く)に食事も進む中。 不二が菊丸を見てにっと笑うと、手を伸ばした。 「あ、英二、ついてるよ」 「え、何?」 英二の唇の端に着いたご飯粒を、不二が指で取って見せる。 「ありがとー」 それを、そのまま不二は自分の口へ。その一連の動作をじっと見詰めていた千石。その千石をイヤそうに見る亜久津。そして。 「あっくん!」 向き直った千石に、即効。 「やらねぇ!」 亜久津は叩きつけるように言い捨てた。 「えー、まだ何も言ってないじゃーん」 「・・・オマエの考えそうなことくらいわかるに決まってんだろ・・・」 往生際悪く、ちょっといちゃいちゃしたかっただけなのにー、だの、いいなー、不二くんと菊丸くんはらぶらぶでー、だのとたわごとを言い募る千石をすっぱりと無視して、亜久津は食べることに専念する。 結局、亜久津は黙ったまま、菊丸と千石はしゃべり続けたまま、不二は笑顔を絶やさないまま、食事を終え。 お腹も満たされて、亜久津の不機嫌顔も少し和らいだ頃。 リアクションの大きい菊丸が。 「わぁっ」 かわいい叫び声とともに、ガタンと水の入ったグラスを倒した。 「ってオマエ、バカかよっ!」 亜久津はその反射神経のよさがたたって、か。誰よりも早く立ち上がってグラスを立て直すと、こぼれた水をおしぼりで押さえる。 「あー、ごめーん、亜久津ー」 あんまり慌てた様子も感じられない菊丸の声に、亜久津は目つきをいっそう悪くさせる。 「ごめんじゃねぇよっ、さっさと拭けって、おい、千石、おしぼり貸せっ」 「はぁい」 あーもう、まったくっ、と言いながらおしぼりでテーブルを拭く亜久津の姿に。 「へー、亜久津くんって結構世話好きなんだ?」 「えへー、優しいでしょ?」 まるっきり他人事、とでも言うように不二と千石がのんびりと言葉を交わす。 「・・・アホなこと言ってんじゃねぇよっ」 「痛っ、あっくんひどーい。そんなに照れなくても・・・」 不二に向かって惚気た千石のスネに、亜久津の蹴りが入る。 「バッ、誰が照れて・・・」 元が色白なのだろう、その頬にさっと朱が走る。 「亜久津ー、ありがとー」 ようやく自分の側のテーブルを拭き終えた菊丸が、悪びれもせずちょっと照れたような笑みを浮かべて亜久津に礼を言う。イライラとしていた亜久津の毒気さえもぬくような、笑顔で。 「・・・ちっ、つぅかオマエ、保護者ならちゃんと面倒見ろよ」 八つ当たりデモするように、亜久津は不二に向かって言った。しかし。 「別に僕は英二の面倒見てるわけじゃないけど? ね、英二?」 「うーん、どっちかって言ったら俺の保護者は大石だよにゃー」 更に脱力感を伴うような、言葉の応酬。 「・・・そんなことは聞いてねぇよ」 ぼそりと小さく呟かれた亜久津の言葉は不二と菊丸には届かずに。 「今日は亜久津くんにお世話してもらえてよかったねー」 不二は、小さい子供をなだめるように、英二の頭を撫でた。 「たまには楽しいねー」 「・・・っ!」 千石は、そのやり取りを見てくすくすと笑っている。 不二と菊丸には言葉で対抗できないと思ったのか。 「てめぇも笑ってんじゃねぇよっ」 「いやぁ、あっくん、かわいいなぁと思って」 八つ当たりで千石のスネをもう一度ゲシっと音が鳴るくらい蹴る。 そんな二人の様子が、見えているのか見えていないのか。 「ねぇねぇ、なんで千石は亜久津のことあっくんて呼ぶのー?」 「えー、あっくんって、かわいくない?」 「うん、かわいー」 「でしょ、あっくんにぴったり」 「じゃ、俺もあっくんって呼ぼうー」 「・・・はぁっ!?」 「だからあっくんも英二って呼んでねー」 「あはは、英二、亜久津くん困ってるよー」 「にゃ。こまらなくて大丈夫にゃっ!」 どこまでが意図的なのか、それとも全て天然なのか。亜久津にはまったく判断ができない。 「菊丸くん。じゃあ僕も英二くんって呼んでいい?」 「うん。そのほうがいいにゃ! じゃあ、俺は千石のことなんて呼ぶ?」 「千石くんは、下の名前何?」 「キヨズミ、だよ、清いに純粋の純でキヨズミ」 「じゃあ、キヨちゃんだ」 「・・・アホか・・・」 (いまさら友達ヅラかよ) 不二は、そんな千石と菊丸のやりとりをただニコニコと見守っている。 亜久津があまりのアホ臭さに付き合いきれない、とタバコに火をつけた。 「ねぇねぇ、二人ともこの後どうするのー?」 「んー、特に何するって決めてたワケじゃないけど。駅前にモンブランがおいしいケーキ屋さんがあるんだけど、そこでお茶して、その後は適当にマン喫でも行くくらいかなー?」 「・・・どの店の話だよ?」 「駅出て左に行ったとこの2階だよ。雑貨屋の上のカフェ」 亜久津は、何かを思い出すように上を見上げて。 「・・・あぁ、あそこか」 小さく呟いた。 「あっくん、好きでしょ、あそこのモンブラン」 「・・・キライじゃねぇ」 「もー、素直に好きって言えばいいのに」 二人の会話を聞いていた、始終笑顔を崩さない不二の目が、一瞬微かに開眼する。 「亜久津って甘いもの好きなんだ? 意外だね」 ひやり、と背筋を冷たいモノが伝う錯覚に、亜久津は本能的にヤバイ、と感じたが。 「そうなんだよー、こう見えてモンブラン大好きなんだよねー?」 不二に同調してにやにやと笑う千石を、亜久津は懲りずに睨み付けるがもちろん効果はない。 「あ、そうだ。不二くんも英二くんも甘いもの好き? なら一緒にどう? モンブランだけじゃなくて手作りアイスクリームとかチーズケーキも結構オススメなんだけど」 「・・・そこまでお邪魔しちゃ、悪いでしょ」 明らかに亜久津をからかうように向けられた言葉に。 「勝手にしろよ、俺は帰る」 「えぇっ! ちょっと、あっくん!」 立ち上がった亜久津を見上げた千石に向かって。 「どけ」 威圧感漂わせて、告げる。が、しかし。 「えー、あっくん、帰っちゃうのー。さーびしーにゃー」 菊丸英二のお得意甘えっ子大作戦にさすがの亜久津も一瞬うっ、と声を詰まらせる。 「あっくんもー、一緒にモンブラン食べに行こうっ」 「だってさー、あっくん」 「・・・ちっ」 満面の笑みの千石と、これが意図的だったら菊丸も悪魔の申し子だと思わざるをえない子猫のような笑顔と、すべてを高みから見下ろすような開眼した不二の笑みに囲まれて。 「勝手にしろ」 さすがの亜久津も、観念せざるを得ず。 不機嫌そうに乱暴に座り直した亜久津の腕に、千石が軽く触れる。ちらりと千石を見た亜久津は、ほんの少しだけその表情を和らげて、タバコを咥え直した。 その後。 結局一緒にモンブランを食べに行って夕方まで4人で遊んだ後にやけに疲れた顔をした亜久津が帰ったのは、千石の家だったとか。 その手は、しっかりと千石の手に掴まれて。 |