同級生の会話




「渋沢くん」
ほんわりと柔らかな口調で呼ばれて、振り向いた。
「あ、須釜くん」
俺が目線を合わせる為に見上げなければならない数少ない知り合いのうちの一人。声を掛けてきたのは、関東選抜の須釜寿樹。
「お疲れ様」
笑みのカタチに細められた目は、常日頃の飄々とした雰囲気を一回り柔らかくする。
「おつかれ」
俺も、彼に笑みを返す。
「今年の関東選抜の選考会、行ったら藤代くんも渋沢くんも居ないから、どうしたのかと思ってたよ。まさか東京都選抜に行ってるとは思ってなかった」
彼とは、これまでに何度も地区選抜に選ばれて同じチームで戦ってきた。もちろん去年も、関東選抜としてこのトレセンにも一緒に参加した。だから、彼は当然今年も、俺、渋沢克郎が関東選抜のGKなのだと、そう思っていたのだろう。
けれど、今年は。
関東選抜と東京都選抜、敵同士として初戦で対峙した。
「うん、今年はこっちの話が来たから。ウチの監督が、ね」
「そうだったんですねー。まぁでも確かにあのメンバーなら、面白そうですけどね」
負けて尚、にっこりと微笑むことの出来る余裕がコイツの凄いところ。
…まぁ、どこまで本心か読めなくてちょっと怖くもあるけれど。
「うん。アイツらのやる事は俺にも予測がつかないしね」
先日の対関東戦の試合を思い出して、俺は思わず苦笑する。
「でも、あのおチビちゃんが居るとは思っていませんでしたよ」
「チビ? あぁ、風祭のこと?」
「はい、あの一番負けず嫌いなおチビちゃん」
毒気のない笑みでそう言われてしまうと、皮肉なのか素なのかちょっと判断つかないんだよな。
「こっちこそ、須釜くんが風祭と知り合いだったなんて驚いたよ」
これは、俺の正直な感想。
あんまり人付き合いが上手そうには見えない風祭が、意外と顔が広くてみんなに好かれているって気付いたのは、このトレセンに入ってから。
どこに行っても誰とでも、例え第一印象でどれだけ嫌われても、最終的には全員を味方につけてしまえるってのは、多分風祭の何よりも誇るべき長所なんだろうな。本人は気付いていないだろうけど。
「彼とはちょっと縁があったんですよ」
にっこりと笑う笑顔の瞳は人の良さを表すように細められて。
「それにしても、都選抜はまた個性的なメンツばっかり揃ってますよねー。…ま、都選抜に限らず、ちょっと毛色が変わった人が多い気もしますけど」
須釜の視線が、すぅっと俺の頭を通り越して後ろに向けられる。
俺もつられて振り返った。
視線の先にいたのは、金色の髪の少年。
「佐藤のこと?」
「…あれ? 藤村くん、じゃなかったですっけ?」
「あ、そうか。ここでは藤村、だったんだっけ」
須釜の言葉に俺は慌てて言い直す。
「ここでは? じゃあ彼はここじゃない所では佐藤くんなんですか?」
「あぁ、彼。ほんとは桜上水中なんだよ。風祭と同じ。前に桜上水と試合した時は佐藤だったんだけど…」
俺にも事情が判らないから、語尾を濁してごまかすと、
「へぇ? 何か事情がありそうですねぇ」
相変わらずその顔に貼り付けたのんきそうな微笑はそのままに、微か不穏な空気が須釜を取り囲んだ、ような気がした。

―――なんかマズイこと言ったか、俺?

何故か抱いた不安を打ち消すかのようにこちらを振り返った須釜の表情には白々しいほど陰りがない。その明朗さがむしろ・・・。
「おーい、スガー!」
遠くから呼ばれた須釜が振り返った。
「あ、ケースケくん」
大声で呼んで手招きをする東海選抜の山口に手を振って。
「じゃ、渋沢くん、またね」
「あ、うん」
須釜を見送って、もう一度佐藤が居た場所を振り向いた。けれど、そこには既に佐藤の姿はなくて。誰にも悟られない様に、そっと溜息をひとつ。











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