ONE DAY




「何見てんのん?」
いつになく真剣な表情でテレビ画面を見詰めている渋沢にそろそろと近寄って問い掛ける。
「イタリアグランプリ」
あぐらをかいて食らいつくように集中している。答えを返しながら、片時も画面から目を離さない。
「なんや、F1かいな」
世界最速のスピードで争われるカーレースの王様、フォーミュラワン。渋沢が、唯一サッカー以外で恐ろしいくらいの執着心と情熱を傾けるモノ。
よいしょ、と言いながらシゲは、渋沢の太腿を枕に横になった。
シゲの頭が乗っかる衝撃を感じた瞬間だけチラリとシゲの顔を見下ろしたけれど、微かな苦笑を浮かべただけでまたその視線は画面に吸い寄せられる。
それでも、片手はシゲの髪の毛に絡めて遊んでいる。
節ばった長い指が、金色を絡め取り、もてあそぶ。その感触の気持ちよさにシゲは目を閉じた。
(ま、膝枕で昼寝ってのも悪くないんちゃう?)
相手にしてくれない渋沢を非難しても始まらない。外面はにこにこ笑顔を絶やさないで優しそう(いや、実際優しいんやけど)な渋沢も、こればっかりは譲ってくれないってのはもうわかりきっているから。
これ、って決めとるもんに関してはすこぶる頑固なんやからなぁ。
シゲが、諦めて惰眠をむさぼるべく思考を手放し掛けた時。
「あーっ!」
唐突に、渋沢が叫んだ。
そして。
「いってぇっ・・・」
ガツン、と勢いよく渋沢の肘が命中したのはシゲの額。
「あ、あぁ、ごめん、佐藤!」
言いながら。それでも渋沢の視線はシゲの顔と画面を行ったり来たりしている。
眉毛の上あたり、骨にばっちりヒットした衝撃に思わず額を押さえてうずくまるシゲは、それでも落着いて自分を心配してくれない渋沢に向かって
「もうえぇわ・・・ゆっくり見たって・・・・・・」
弱々しく告げた。
「ほんとごめん、佐藤・・・・・・あの、あと20周くらいで終わるからさ、ちょっと待って」
「えぇよ、もう・・・オマエのF1狂いは諦めとるから。で、今度は一体何があったん?」
「唯一フェラーリの邪魔が出来そうだったウィリアムズがとうとう二台ともリタイアしちゃったんだよ、結局今回もフェラーリのワン・ツー確定! こうなるともう後は中盤戦の戦いくらいしか見所なくてつまんないって言えばつまんないんだけどね」
口ではそう言いながら、それでも視線は画面に釘付け。
「マクラーレンは?」
「だめ。ライコネン、イイトコまで行ってたんだけどね。もうリタイヤしてる。やっぱりハッキネンが抜けてからのマクラーレンは精彩に欠けるね」
「ふぅん?」
「・・・オシイっ」
小さく呟かれるコトバと同時に拳を握り締める。もう、アタマも完全にF1に取られてしまった。
「しゃあないなぁ」
俺は苦笑をこぼすしかなく。
懲りずに再び、渋沢の太腿を枕にした。
目を閉じていても、時々息を飲むのがわかる。
ホントに本気で集中してる様子は、微笑ましいとさえ思ってしまう。
いくつになっても変わらず夢中になるコトを忘れなかったコイツは凄いなぁと思いつつ。そんなコイツが可愛くてしょうがないから今も一緒にいるんだろう俺も、結構凄いやん、と自画自賛。
誰よりも居心地のいいコイツの側で、ひとときの休息。
これが、自然体って言うんやろうなぁ、と夢見心地に思いながら。



+ + + + + + +


「シゲ? ホントに寝てる?」
小声で問い掛けるが、返事はない。
規則正しい呼吸が繰り返されているところをみると、本気で寝てしまっているようだ。
・・・こんな筋肉質で固い太腿の上でよくもまあ寝られるもんだ。
そっと、目にかかる長さの前髪をかきあげてみる。
程よい曲線を描く額に手を触れても、起きる気配がなければ身じろぐ様子もない。
安心しきった顔しやがって。
見下ろした寝顔は、まだ出会った頃の面影を残していてなんだか面映ゆい気持ちになる。胸の裏っかわがくすぐったいような、ちょっと不思議な気分。既に雑音でしかなくなったテレビを消して寝顔を眺めるなんてことをしているうちに、段々睡魔が移ってきてしまい。
「俺も寝ようかな」
かと言って気持ちよさそうに眠っているコイツを起こすのも忍びなくて。
ほんの一時眠るだけのつもりで、できるだけ振動が伝わらない様に足を崩して、俺もごろんと床に横になった。







そして。
目覚めたのは、翌朝。
膝枕で寝ていたハズのシゲは、既に居なくて。
変わりに、自分に掛けられたブランケットが一枚。
渋沢は、カーテンの隙間から覗く朝日を確認して、大きく伸びをした。











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