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練習が終わった直後の部室は、汗の匂いと泥臭さに満ちていた。 夏の大会の本戦も目前、3年生にとっては中学最後の公式戦だ。風祭を欠いたままの桜上水サッカー部は、けれど気持ちの上では逆にひとつになったようで。 今日も、体がぼろぼろになるほどの練習を終えた後。 体は疲れきっているけれど、これから始まる大会への期待や楽しさが上回るのか、部員達の表情は一様に明るい。 その部員達とは少し離れた場所で、頭からタオルをかぶって壁にもたれていた佐藤に水野は近付いた。 「おい、シゲ」 顔にタオルをかぶった状態の佐藤を軽く小突く。 「あぁ、どうした? タツぼん」 水野が近付いていることは気が付いていたんだろう。ズルズルとタオルをずらして顔を見せた佐藤は、水野を見上げてにやりと笑う。 「タツぼんって言うな!」 嫌がるのを判っていてわざとその呼び方をやめない佐藤に、水野はいつものことだと思いながら言い返した。 「飽きもせんとよう毎回毎回突っ込めるなぁ」 「その言葉、そっくりそのままおまえに返してやる」 お互い、いつものことで、とりたててむかついているわけでも本気で嫌がらせをしようと思っているわけではないのは判っているから、言い合っただけで水野も佐藤の隣に座りこんだ。 「今日、誕生日なんだって?」 「えぇ? なんで俺の誕生日知ってんの? もしかしてタツぼんまだ俺のこと好きなん?」 にやりと笑う佐藤のわき腹をひじで小突いて、水野は紙袋を差し出した。 「頭悪いこと言ってんじゃねーよ。これ」 「え? 何、俺に?」 「クラスの女子が渡してくれって」 「うわー、なんなんこれ」 中身を覗いて、佐藤はなんとも言えない、と言った顔でそう呟いた。紙袋の中には、さらに小さな紙袋やらきれいな包装紙やらにラッピングされたものがいくつか見えた。 「オマエに誕生日プレゼントだろ」 「直接渡しに来てくれるならともかく、タツぼんに預けるなんて、なぁ」 佐藤の言葉に、水野も眉間に皺を寄せて頷く。 「そもそもなんでこんなん預かってきたん? いつもやったら断ってるやん」 「・・・・・・これだけの大人数に囲まれたら断れるかよ」 佐藤はざっと数を数えてみる。袋に入っているだけで、6個。で、世の中の女の子ってのは基本的に団体行動を好む。ってことは更にそれよりも多い人数で水野の前に現れたであろう事は容易に想像できる。 「えらいすまんかったなぁ」 自分が悪いわけではないのだが、なんとなく申し訳ないことをした気分になって、佐藤は水野に謝った。 「まぁミーハーっぽいカンジのばっかなら別にえぇねんけどな・・・・・・」 プレゼントのひとつを取り出しながらそう言うと。 「なんだよ、珍しいじゃん。基本的にもらえるものはもらっとくタチだろ?」 「そうやけど。あんまりマジメな告白とかはちょっと困るやろ? 立場上」 (ちょっと前までなら、キャーキャー言ってるファンの子だろうと真剣に告白してくる子だろうと、別にかまわずに適当に愛想振りまいて、気に入ったらちょっと遊んで、ってコトしてても別に問題なかったんだけど) 思いながら佐藤は苦笑する。 「渋沢にバレたら、あいつ怒るやろうしー」 佐藤がニヤけてそういえば、水野はノロケかよ、と呆れた顔で悪態を吐いた。 「渋沢さんの場合、告白されたことに対して、じゃなくて真剣に告白した女子に対していい加減な態度を取ったオマエに怒りそうな気もするけどな」 選抜チームで一緒だった渋沢の印象を思い出しながら水野がそう言えば、佐藤は笑う。 「確かに。いろいろバレたら俺マジで怒られそうやワ」 「まったく、なんでこんな適当なヤツとあんなマジメな渋沢さんが、んなことになったんだか」 「俺の実力ってやつやろ」 佐藤に得意げに返されて、水野も呆れ半分でつられて笑う。 「はん、よく言うよ。・・・・・・で、うまくいってんの? おまえら」 「妬ける?」 「誰が! 誰に!」 「じょーだん。ほんなら、帰るかー」 睨む水野をまぁまぁ、と宥めて佐藤は立ち上がった。水野も一緒に立ち上がり、だいぶ人の減った部室で二人とも着替えを済ますとスポーツバッグを肩に担いで汗臭い部室を出た。 昼間の湿度がかすかに残った風が吹き抜ける。 ちょうどその時、佐藤の制服のポケットでケイタイが、震える。 取り出したケイタイのサブディスプレイが光った色は、渋沢からのメールの受信を伝えていて。 「あ、メール」 無意識にニヤけたらしい佐藤の顔を見て、水野は顔をしかめた。 「気持ち悪、ケイタイ見ながら一人でにやにやしてんじゃねーよ」 「人の幸せは素直に喜ばんと、自分にも幸せきぃひんでー」 「余計なお世話だ!」 水野に軽口を叩きながら、佐藤はケイタイのメールを開いて。 送られてきたのは、誕生日おめでとう、のメッセージとなにやら画像が添付されている。 「なんで藤代が写ってんねん」 添付されていたのは、無理矢理渋沢のケイタイで自分撮りをしたのか、ばっちりカメラ目線の藤代と苦笑した渋沢の写真。 「ほんなら、こっちは水野、とあ! 不破はまだおるか? 不破センセー」 「これから帰るところだが何か用か」 仏頂面の不破に、佐藤はにやりと笑ってみせる。 「写真撮るで、写真!」 「どうしてだ」 「ええからええから」 佐藤は嫌がる不破の肩を無理やり掴んで、カメラのレンズを自分に向けた。 「水野もはよこっちくっつけって」 こういうコトには比較的ノリが悪い水野もカメラに向かって笑う。 カメラ向けのキメ顔を作った佐藤の両側に、仏頂面の不破と、呆れたように笑った水野が並んでケイタイのディスプレイの枠におさまって、光ったフラッシュとシャッター音と同時にその瞬間が切り取られた。 「さ、これ送ったろ」 画像を添付して、メール送信。 「ところで、今の画像を誰に送ったんだ?」 突然呼ばれて写真を撮られて、状況が見えない不破が佐藤に聞けば。 「ん? マイハニー」 恥ずかしげもなく言い切った佐藤に、水野が咳き込んだ。 「・・・・・・誰のことだ?」 言われたところで状況が見えない不破が首を傾げたのと同時に、今度は不破が携帯を取り出した。 「なんや、電話?」 「藤代だ」 「うっわ、反応早っ」 人気のなくなったグラウンドにじゃれるような三人の声が響く。 夏、真っ盛り。遠くの木で、時間外れの蝉が盛大に鳴き始めた。 |