冬 の 朝
(乾×海堂)



 ピピピ、というありきたりな電子音が恨めしく聞こえる程に冷え込んだ冬の朝。
 海堂薫は目を覚ました。
 時刻は、8時。
 休日の朝としては早いとも言えるけれど、比較的朝方な海堂にとっては十分遅い部類に入る。
 隣で眠る、このベッドの本来の持ち主である乾貞治は、音に反応してもぞもぞと動きはするけれど目覚ましを止める気配もない。眉間に皺を寄せ、電子音の不快さだけはその寝顔に表しているけれど起きる様子のない乾の行動が判っていたのか。
 海堂はそっと手を伸ばし目覚まし時計を止めると、掛け布団をあまり動かさないように気をつけながらベッドから降りた。
 カーテンの隙間からは、今日の天気の良さを伝えるように日が射している。
 海堂の気持ちとしては、すぐにでもカーテンを開けてしまいたいところだが。
 欠片も起きる気配を見せない乾の寝顔を見下ろし、諦めて足音を立てないように気をつけながら立ち上がった。
 部屋を出て洗面所に向かい、顔を洗って身支度を整えると、走りに行くかどうしようか迷って。
 とりあえず朝飯でも作るか、と台所に立った。
 乾の部屋に泊まるのにも、随分慣れた。
 大学進学と同時に一人暮らしを始めた乾は、予定のない週末には必ず海堂を家に呼んでくれた。
 最初の頃は、こんなに頻繁に来て迷惑なんじゃないかと海堂なりに気を使いもしたけれど、回数が増えるのに比例して海堂の私物も増えていき、そのうちにもう一つ家ができたような感覚になってきて。
 元々、マイペースな性格ではある。
 この部屋にいる間も自分の生活サイクルをある程度キープするようになっていた。
 同時に、朝食に関しては、朝に弱い乾を当てに出来ないことを早々に覚えて、乾の部屋に来る前に翌朝の朝食を用意して来るようになっていた。
 朝食は毎日の食事の基本、と躾られた海堂にとって、朝の食事を抜くのは耐えられない。
 さすがに母親の作るようないわゆる和な朝ご飯を作れるほど海堂自身料理が得意なわけではないけれど、それなりに食べられるものは作れるようになってきた。
 昨夜寝る前にセットした炊飯器には既にご飯が炊き上がっている。
 クッキングペーパーを敷いたフライパンで干物を焼き、少々不恰好な卵焼きを作り、乾燥ワカメと豆腐で味噌汁を作り。
 出掛けに母親が持たせてくれた漬物と味付け海苔を添えて。
 海堂は一度乾の眠るベッドを見やる。
 海堂が起きてから既に30分以上は経っている。
 一応、台所とベッドのある部屋の間にはドアがあるものの、これだけ物音をさせても起きてこないほど熟睡している状況の乾を起こしたところで簡単に目を覚ますとも思えないものの。
 部屋に戻り、一応、肩を揺すって声をかけた。
「先輩、起きなくていいんスか」
「ん」
 しかし、乾からは判っているのかどうかまったく判断のつかない返事しか返ってこない。
「いいんスね。じゃあ俺先にメシ食いますから」
「・・・・・・ん」
 海堂は、諦めて一人分の食事だけを皿に盛りつけた。
 大学やらバイトやらが忙しいらしく少し疲れた乾の寝顔を見ながらの朝食は、実のところここ2、3ヶ月の間には珍しくなくなっていた。
 そんなに疲れてるなら無理に呼ばなくてもいいです、と伝えたこともあったけれど。
 来てくれないほうが逆に疲れが溜まってしまうと言われてしまえば、納得できないものの無碍に断ることもできず、せめて朝飯くらいはしっかり食べてもらおうと思って少しずつ母親に料理を習っていることは、まだ乾には伝えていない。
 乾の事だ、少しずつ海堂の料理のレパートリーが増えていることはわかっているのだろうけれど、それに対して感謝の意を伝える以外のことを言わないのは、多分突っ込まれれば照れて嫌がる海堂の性格を見越しているのだろう。
 朝飯を作って起きるのを待っているような今の状況に、微妙な面映さを感じてはいるものの、それをなかったことにするように海堂はカーテンも開けていない薄暗い部屋の中、黙々と一人食事を続け。
 一通り後片付けも済ませて、さてどうしようかと思っていたところで、ようやく乾がもぞもぞと動き始めた。
「あれ・・・・・・」
 手探りで眼鏡を探し当てた乾は、むくりと起き上がりぼんやりと海堂を見ながら呟く。
「やっと起きたんスか」
「海堂、もう着替えちゃったんだ」
 乾はいかにも残念そうな顔で。
「当たり前です、もうすぐ10時ッスよ」
 半ば呆れた顔で、海堂はようやくカーテンを開けた。眩しい日差しはすでにかなり上から差し込んでいる。
「久しぶりに海堂のパジャマ姿見たかったのに」
 急に明るくなった部屋に目を細めながら、ぼやくように言う乾に海堂は今度こそ完全に呆れた顔を見せる。
「昨日の夜も見たじゃないスか」
「朝と夜とじゃ全然違う」
「・・・・・・意味わかんねぇッス」
 昨夜、パジャマ姿に自分をベッドに引き摺り込んで脱がして散々色々した後に、さらに全部を自分の手で着せなおしたのは、乾自身だ。乾の理論は、時々海堂には理解できない。
 だからと言って放っておけばその理由をいちいち事細かに説明しかねない乾の性格に、海堂も多少は慣れた。 
「いいから、早く顔洗ってきてください」
 何か言いたそうな乾を追い立てるように掛け布団を剥ぎ取って。
「メシ、出来てますから」
 そう言った海堂の口元にうっすらと笑みが浮かんでいたのは、多分本人にも無意識なことだったのだろう。
 その表情に乾が何故か呆けたような顔をしたことも、やはり海堂には理解できない行動で。
「先輩っ、起きてんスか!」
「あ、はい」
 苛立ったような海堂の声に、乾は慌てて返事を返しベッドから降りた。






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