冬 の 朝
(シゲ×渋沢)



 ゴンッという衝撃音と右肘への痛みに、佐藤成樹は目を覚ました。
「いってぇ・・・・・・」
 ぶつけた場所が悪かったのか、ジンジンと痺れる肘に触れようと無意識に左手を動かしたら、今度は何かに押さえつけられているようで動かない。
 言葉にならない悪態をついたうなり声と一緒に、無理矢理左手を動かせば。
「いたっ」
 聞こえた声に、いまだ状況を理解しきっていなかった佐藤の脳味噌が完全に覚醒する。
「うわ、ごめん! なんかひっかけたか?」
 体をひねり、傍らで髪を押さえている渋沢克郎に問いかければ。
「髪・・・・・・」
 言われて、首を浮かせた渋沢の頭の下、腕枕状態だった左手を抜き出せば、指先に渋沢の根元から毛先まで全く色の変わらない髪の毛が数本絡んでいる。
 どうやら無意識に腕を動かした時、指先に絡んでいたのをそのまま引っ張ってしまったらしい。
「あー、悪い、貴重な髪―――てっ」
 起き上がり、渋沢の体に覆い被さるようにしながらベッド脇のゴミ箱に捨てようと手を伸ばしたところを、軽くはたかれた。
「俺はまだハゲはじめてないぞ」
 軽口に睨むように目を細めながら、心配しなきゃならないのは俺よりオマエだろう、と渋沢は佐藤の前髪を引っ張る。
 確かに、ブリーチしまくっている自分のほうが将来ヤバイかもなぁと佐藤も納得しつつ、もとの位置に戻るなり、今度は肩を壁にぶつけた。
 渋沢をベッドから落としてしまわないように自分が壁際に意識的に寄っているせいもあるだろうが、実際問題180cmを超える身長の男二人が寝るにはどう考えてもこのベッドでは大きさが足りない。
「なぁ、やっぱこのベッド、狭いって」
「そりゃ二人で寝れば狭いに決まってるだろう」
 当たり前だ、と言いながらずり落ちそうな掛け布団を直す渋沢の寝返りをうつスペースを確保するべく佐藤は背中を壁に預けた。
 肩肘立てて渋沢の横顔をじっと見つめながら。
「もうちょい大きいの、買おうや」
 ココのところ、佐藤が言いつづけている言葉を繰り返した。
 このベッドだって別に小さいわけではない。標準よりも大きな渋沢の体をゆっくり休ませる程度にはゆとりのあるロングサイズで、しかも横幅もたぶんセミダブルくらいはあるだろう。
 だからこそ、多少狭いとは言えこうして二人でぎりぎり寝られなくもない、のだけれど。
 佐藤と渋沢、二人が余裕を持って寝られる大きさのベッド、となると。
 通常のダブルでも追いつかないかもしれない。
 部屋の広さとベッドの大きさを考えて、渋沢は溜息をついた。
「だから、そんなもの一体どこに置くんだ」
「ここ」
 そんな渋沢の懸念などそしらぬ顔で佐藤はしれっと言い放つと、嫌そうな顔をする渋沢の皺の寄った眉間を指先で軽くはじいて。
「俺が買うたるって」
 それやったら文句ないやろ、とでも言いたげな顔をした佐藤の顔に渋沢は再度の溜息。
「そんなバカでかいベッドに、毎日一人で寝ろっていうのか?」
「大は小を兼ねるっていうやん。大きい分には別に困らんやろ」
 肘で身体を支えて、真上から覗き込むように見下ろせば渋沢の視線が僅かに左右に泳ぐ。その表情に、言葉にはしなかった渋沢の感情に気付いたのかどうか、ふと悪戯でも思いついたように佐藤はにやりと笑う。
「あ、でも。俺の買うたベッドに毎日一人で寝んのは寂しくてかなわんって言うなら、まぁ無理は言わんけど?」
「あのなぁ」
 わざと渋沢が嫌がる甘ったるい言葉を選んでからかえば、案の定顔を顰めて睨みつけてくるのが楽しいなんて、まるで好きな子いじめる小学生みたいやな、と自分で自分の行動に笑ってしまう。けれど寝起きで普段より素直に表情が出るのが面白くて、佐藤は何か言いかけた渋沢の唇をキスで塞いだ。
 くぐもった静止の声も飲み込んで、寝起きにしては激しいキスを仕掛けて、結局渋沢が抵抗するのを諦めるまで舌を絡ませて。
 押し返そうと肩を掴んでいた腕が、柔らかく背中に回されたのを確認してから、唇を離した。唾液に濡れた唇がいやらしく艶めいて、窓から差し込む朝日に反射してキラキラ光る唇を指先で拭えば、朝なだけに始末に終えない下半身を気付かれて。
「しないぞ」
 端的に、今からセックスになだれ込むことを拒否されてしまう。
 今日これから出かけるんだろう、と念を押すように言われてしまえばさすがにそれ以上のことは出来ず、佐藤も身体を起こした。
 その隙に、渋沢はベッドから抜け出してエアコンのリモコンを取りに立つ。
「だいたい、一人暮らししてるのにそんなでかいベッドなんて買ったの、誰かに見られたら面倒だろう」
「そんなん誰に見られんねん」
「近所の人とか、友達とか」
 一般論で佐藤の野望を阻止するべく、ダブルベッドが男の一人暮らしにいかに不釣合いなものかを説明していく渋沢の声を聞きながら、佐藤はまたベッドに転がった。
「それに」
 本格的に起きる気らしく、キッチンに立ちお湯を沸かし始めた渋沢の後姿を佐藤はぼんやりと眺めている。そして、振り返りもせずに。
「ウチにゆっくり泊まることなんて滅多にないんだから。少しは我慢しろ」
 続けられた渋沢の言葉に、佐藤は再びにやりと笑う。
 それは、やっぱり一緒にいられる時くらいはくっついてたいってコト? と喉元まで出かかったからかう言葉を飲み込む。代わりに。
「ま、大きなベッド買ってもどうせくっついて寝とるんやから、一緒やしな!」
 その言葉に、渋沢からの返事は無かったけれど。


 淹れたてのコーヒーが注がれたマグカップを手に戻ってきた渋沢の頬がほんの少し赤く見えて、佐藤はまた、笑みを浮かべた。






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