NO MORE TO SAY  #5




「…なぁ、ユミちゃん」
 弓生の寝室のベッドで、添い寝しながらの夜明かし。慣れない情事に、身体は疲労しているにも関わらず、聖は弓生に話し掛ける。

 一旦意識を手放した聖。弓生は、やはり無理をさせてしまったのだと悔やんだ。まして、身体を離した瞬間に目に入ったのは、聖の足を滴る血液だったのだから。
 大切に大切にしまっておきたかったモノに傷をつけてしまったような、やるせない後悔が弓生の思考を支配しかけたその時、聖が半ばまどろんだ眼差しで弓生を見上げた。
「聖、すまない…」
 弓生が、謝罪の言葉を述べると、聖は慌てて起き上がり否定しようとしたが―――
「――っ」
 身体の奥の方に、鈍い痛みが走る。思わず顔を顰めた聖を、弓生は抱き起こしながら、もう一度告げる。
「お前に負担がかかる事は分かっていたのに、無理をさせてしまった。すまない」
 謝っている弓生の表情こそ、心底辛そうで。聖は、弓生の精神的苦痛を退けるべく、口を開いた。なんだか、掴みきれずに遠く感じていた弓生の心が、今なら分かる。自分の身を案じてくれている弓生の温かさが、聖に届く。
「ユミちゃん、俺かて男なんやから、少しくらい痛いのなんてどうって事ないって。ユミちゃんこそ、そんな辛そうな顔、せんといてや。俺が悪い事したみたいな気になるやん」
 そう言って、聖は弓生に微笑みかけて。
「ほな、風呂入ってくるさかい…」
 立ち上がった瞬間に、裂けた割れ目を刺すような痛みが襲う。それでも、立てないほどではない。できるだけ衝撃を与えないように、慎重に足を進めて、あと一歩でリビングを出る、という所で弓生を振り返った。
「なぁ、ユミちゃん。今夜はユミちゃんとこで寝てもええやろ?」

 聖に笑顔で、そんな可愛い事をお願いされて、弓生が退けられるはずもなく。キングサイズとはいえ、男二人が横になるには少し狭いベッドに、聖は潜り込んでいた。
「さっきは、かんにんな…」
 ぼそっと呟く。
「何の事だ」
 弓生は素っ気無く答えた。
「せやから…。ほとんど無理矢理、させてしもうたみたいで…」
 聖は聖なりに、自分から誘ったという事への恥じらいがあるのか、珍しく小さな声で話し掛けている。
 弓生は微苦笑を返して。
「俺は、惚れた相手としかセックスはしない主義なんだがな」
 きっぱりと言い切った弓生に、聖は一瞬唖然ととして弓生の双眸を覗き込んだ。そのまっすぐな視線を、真っ向から受け止めて、弓生は更に続ける。
「…だから、もう何も言うな…」
「ん…」
 満開の笑みを咲かせて頷いた聖の口唇に、優しく触れるだけの口付けを落として、弓生は聖の髪を撫でる。
「…おやすみ…」
 どちらからともなく、囁いて。

夜明け前の白いもやに包まれて。二人、寄り添い、眠りに落ちていく……。





+





「もう、次の曲でラストや」
 聖の言葉に、客席から「え〜っ」というブーイングの声が上がる。
 その反応に、聖は艶やかな笑みを浮かべながら、右斜め後ろに居る弓生を振り返った。弓生も聖を見つめ返す。
 その様子を、三吾が何やら意味ありげににやにやしながら見守っていて。
「俺とユミちゃんの唄やさかい、盛り上がっていけやぁ。いくでっ」

『No More To Say』

 聖が曲のタイトルを叫ぶ。
 イントロの小気味良いベース音に身を委ねながら、聖は弓生の傍らに歩み寄る。
 タイトにコードを奏でる弓生の横で、聖が気持ちよさそうに唄う。

 いつものライヴと同じ光景。でも、何かが違う…?

 コーラスを入れる三吾の横に、聖が移動する。
 三吾は、低く、がなるように唄い、途中でスタンドマイクを客席に向けた。
 前のめりになって、観客を煽る。その三吾の横で、聖も同じように客席を煽る。
 聖と三吾が並ぶ後ろ姿。それに弓生が何を感じたのか…。
 弓生の視線が、ステージ下手側の二人に向く。間奏が終わり、マイクを通した聖の声がスピーカーから溢れる。それに被さる、音。
 ステージ中央に戻ってきた聖の向かって右横に、弓生が並んだ。客席から、曲の途中であるにも関わらず、微かなどよめきが上がる。
 聖も、驚いたように弓生を見つめる。
 決して、自分のペースを崩さず、客席に対するパフォーマンスもほとんどしない弓生が、聖の傍らに立った。
 聖の視線と、弓生の視線が絡む。
 ふと、聖が唄を途切れさせた。
 マイクを口許から外した一瞬、弓生が、ギターの音を途切れさせる事もなく、聖の口唇を掠め取った。











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