NO MORE TO SAY  #4




「ふぅ、やっと我が家やな」
 長い一日を終えて、聖と弓生が帰宅したのは午前二時を少し過ぎたところ。聖の手にはビニール袋が一つぶら下がっている。
 佐穂子、三吾、成樹の三人を各家に送り届けた後、聖と弓生の二人が住むマンションの側のコンビニに寄って、済ませた買い物の品だ。
 家事全般を得意とする聖は、食事をコンビニの出来合いのもので済ます事はまず無かったが、それでも深夜の買い物には欠かせない。袋の中身は、冷蔵庫の必需品であるマヨネーズとビール、それに先程成樹に教えてもらったメイク落しだ。
 聖は一旦リビングに入り、テーブルに買い物袋を置いて、部屋に明かりを灯す。そして、キッチンに向かう。とりあえず、冷蔵庫にしまう物は仕舞って、冷えた缶ビールを二つ手に取り、リビングに戻った。テーブルの上には、ビールと買ったばかりのメイク落し。聖はほうっと息を吐いて、ソファに身を沈める。
 今日一日の自分の感情の流れに、非日常的な何かが含まれているのは、聖も気付いていた。弓生の視線の先が気になって、弓生に自分を見て欲しくて。無性に弓生への執着心が高ぶった。
ライヴ≠ニいうある種の非日常の中で生まれた、些細な違和感。普段の生活では感じられなかった、弓生に向けられたファンの熱い視線が、どうしてか聖の深層心理の奥底で蹲っていた想いを駆り立てた。知らず知らずのうちに、愛しいと感じていた存在。ステージ≠ニいう名の理想の空間を、瞬間を共に創り出しただけでなく。
 ヴォーカルとギタリストという関係以上に、聖は弓生を欲していた。いや、そんな理路整然とした理屈を必要としないほど、聖は弓生の側にいたかったし、何よりも弓生に触れたかった。
 聖がソファで惚けていると、玄関から物音が聞こえる。地下駐車場へ車を置きに行った弓生が戻ってきた。
 しがないインディーズのバンドマンが住んでいるにしては、ちょっとばかり贅沢すぎる間取りのリビングのドアを、弓生は開けた。目に入るのは、ソファーにぐったりと身を預け、目を閉じた聖の姿。斜め四十五度後ろから見えるその様子は、室内を煌煌と照らす灯りで妙な具合に陰影がつけられた―――ように弓生には感じられた。
 ゾクリ、と弓生の内に秘められた何かがざわめく。それと同時に聖が弓生を振り向いて、ふわりと微笑んだ。
「あ、ユミちゃん、ビール飲むやろ?」
 そう問い掛ける声はいつもと同じ筈なのに…弓生の中のざわめきは、落ち着かない。微かに溜め息を吐いて、短く返す。
「あぁ」
「せやったら、先にシャワー浴びるか?俺はもう、飲み始めてるさかい、ユミちゃんの後でええから」
 ふわり、と微笑む聖の表情が、弓生の心を掴む。そんな自分の心理を自嘲するかのように、内心で苦笑して、肩から担いでいたギターを置きに、弓生は自室へ向かった。
 後に残った聖は、ぐいっと缶に残ったビールを煽り、もう一本の栓を開けた。歯の奥に何かが挟まったような煮え切らなさに、聖自身、嫌悪感を感じていた。こんな曖昧さは自分の性に合わない。けれど、唐突に弓生にぶつけて受け入れてもらえるような感情ではない事くらい、聖にも理解できる。
 聖は、らしくもなく、溜め息を吐いた。





+





 ざぁっと水飛沫がシャワーのノズルから噴き出される。弓生は熱い水滴を浴びながら、先程の聖の表情を思い浮かべていた。
(何故…)
 聖の視線が、自分の胸中を掻き回すように、弓生には感じられた。
 縋るような、およそ聖らしくない、どこか儚げな雰囲気さえも漂わせた聖の眼差し。
 そこには、聖自身も気付いていないであろう、人を引き付けてやまない色香が散りばめられていた。
 それは、ライヴ中に見せる、あのカリスマ性の副産物なのか、ステージを降りてさえも、弓生を悩ませていた。
 肌を心地よい温度で滑る水流に身を任せ、どれだけ無我を求めても、思考は自然と聖の事に傾く。皮膚に触れる、体温よりも高い雫は、徐々に弓生の身体を上気させていく。
 弓生にとって、聖の存在は既になくし難い。それだけに、途惑う。恋愛沙汰になればなるほど、人間関係は複雑になり、些細な事でややこしくなる。
 他人との関わりにおいて、弓生は淡白にするように努めていた。それは、過去の自分の過ちに対する、自らに課した枷であり、また、己にとっての防護壁であった。
 聖との関係を深めるという事は、その防護壁を自分の手で打ち崩さねばならない。
(一緒に暮そうと思った時点で、もう…)
 ほとばしる水滴が、弓生の髪をじんわりと湿らせていく。次第に歪み始め、脳裏を巡る回想を断ち切るべく、シャワーの勢いを強めて頭からかぶった。
 髪の先からぽたぽたと、絶え間無く落ちる水滴に向けられた視線の向こうにあるのはただ一つの想い。

 ―――もう、戻れない―――





+





「お前も入ってこい」
 シャワーからあがったばかりの弓生が、濡れた髪の毛をタオルで拭きながら、片手には缶ビールを持って、ソファに座っていた聖の隣に落ち着く。
 紺のパジャマの下だけを履いた、上半身裸の姿に聖は視線を奪われた。
 湯上がりの、心持ち火照った肌と、素顔を隠す眼鏡のない素顔は、いつもの落ち着き払った弓生とは違った印象を与える。無駄の無い、綺麗に引き締まった上腕二頭筋と、ほどよく鍛えられた大胸筋が、滑らかな曲線を描いていて。
 聖は、隣に座る弓生の肩口に額を預けた。引力めいた何かに惹きつけられるように、聖は弓生の腕を抱き込む。
「どうした?」
 抱き付かれた腕に、薄いTシャツ越しの聖の体温が直に伝わる。突然の聖の行動に、弓生は内心焦りながらも落ち着いた声音で問い掛ける。
「なぁ、ユミちゃん……」
 もとより、聖はスキンシップ過多な傾向ではあった。とはいえ、この状況は弓生にとって、自制心との戦いである。聖が大切であるが故に、拒まねばならない…。
 そんな弓生の気持ちとは裏腹に、聖は言葉を紡ぐ。
「俺と逢う前のユミちゃんの事は、俺にはわからへん。けどな、俺は今、ユミちゃんの側におるんやから」
 聖の発する一語一語が、弓生の神経に触れる。聖は弓生の肩に額を預けたまま、さらに告げる。
「ユミちゃんってな、時々ようわからんくなるねん。遠い所じぃっと見たまんま、なんや動かんようなったり。そういうの見ると、ユミちゃんが手の届かん所に行ってしまったみたいで…」
 聖は、掴んでいた弓生の腕を、さらに強く抱きしめる。
 聖の吐息が、弓生の露な腕に降り掛かる。生暖かい感触に呼び覚まされた、微かな戦慄をやり過ごして、弓生は努めて平静な声で、聖に問い返す。
「聖。このシチュエーションでそういう事を言われたら、誘われているように思えるんだがな」
 さりげなさを装って、肩にもたれたままの聖の頭を向こうへ押しやる。
 ぴたりとくっついていた聖を引き離すと、弓生はテーブルの上に置いてあったビールに手を伸ばした。
 常に冷静で、あまり露骨な感情が浮かぶことのない、弓生の整った横顔。
 それを見つめながら、聖は想う。すぐ側にいるこの人の肌は、一体どんな心地なんだろう、と。そして、無防備にさらけ出された弓生の脇腹をそっと指で触れた。
 ぎょっとした表情で弓生は聖に向き直る。そんな弓生にはおかまいなしで、聖は微笑んだ。
「なんでやろ、ユミちゃんの風呂上がりなんて、見慣れとるはずやのに。今日は気になってしゃあない。こんな風に目の前に晒されたら、我慢できひん…」
 聖が、更に弓生の露な胸元に手を伸ばそうとすると、その手首を、弓生が掴んだ。
「……本気か?」
 弓生の鋭い視線が、聖の眼差しと絡む。刹那の沈黙。弓生が、掴んだ聖の手首をぐいと引き寄せた。
 ふいを突かれて弓生の胸に倒れ込んだ聖が、弓生を見上げる。言葉を発しようと、薄く開いた聖の口唇が荒々しくふさがれた。
 歯列を割り、踏み込んでくる弓生の舌が、歯の裏をなぞり、聖の舌先を絡め取る。角度を変え、強さを変えて続く、唐突な口付けは、あまりに深く…。
 ようやく解放された聖は、息苦しさを感じて、肩で大きく息を吐いた。
 弓生は、自分のとった行動に驚いていた。これまでの人生で、少なからず自制心といったものには自信を持っていた。それが、聖にちょっと誘われただけで、こうも簡単に自分は、理性を失ったかのような行動をとってしまう。
 弓生は自嘲のため息を吐いて、聖の体を押しのけようとした。それを、少し潤んだ瞳で見上げる聖の視線が、弓生の視線を奪う。
「……俺じゃ、だめなんか?」
 その寂しげな口調に、胸を締め付けられるような窮屈さを感じながら、弓生は告げた。
「気の迷いだ。忘れろ」
 そう言い捨てる弓生の双眸には、暗い影が色濃く落ちていた。立ち上がろうとする弓生の肩に手を掛け、聖は更に言い募る。
「そんなん、理由になってへん。じゃあ、なんでさっきはキスしてくれたん?厭じゃないんやったら――」
 聖は、一旦離れかけた弓生の身体を、もう一度引き寄せた。
「……ユミちゃん。そんな、切なそうな目でそんな事言われたって、説得力あらへんで。俺は、ユミちゃんの事、好きやから、ユミちゃんに触れたいと思ったんやし…」
 天真爛漫な聖の笑顔が、弓生の視界に広がる。
「本当に…」
 問い掛けようとする弓生の口唇を、聖が口唇で触れて制する。
 ―――いいのか、という言葉は、口付けに吸い取られる。
「そんな事、今更聞かんといてや、いややったら最初から、ユミちゃん誘うような事してへん」
 聖は言い切って、弓生の首に腕を巻き付けた。初めてこんな間近に迫った弓生の、しかも眼鏡のレンズ越しではない眼光の奥を、聖が見つめていると、微かな煌きが過った。気付いた聖は微笑んで。
「なぁ、ユミちゃん、あんまり焦らさんといてや…」
 ソファに腰掛けていた弓生に覆い被さるように、聖が弓生の口唇に口付ける。それはまるで儀式の始まりのよう。軽く交わされただけだった接触は、次第に熱く絡まり、蕩けるように深くなる。
 弓生は、肘掛けに置いていた腕をそっと聖の腰に廻した。そして、半ば抱きかかえる様に身体を包み込むと、一旦口唇を離した。
「向こうへ行くか?」
 目で寝室を示し、聖を促す。けれど、聖は緩く首を振った。
「いやや、そんなん我慢できへん。いますぐここで、ユミちゃんのこと、確かめたいんや」
 そう言って弓生の首筋に、顔を埋める。
 弓生は、そんな聖の様子が愛らしくて、ちょうど口許にある耳朶に軽く口付けて、抱え込むようにしていた聖の身体をソファに横たえた。
 見上げる聖の双眸は、子供のような純粋さを残しながらも艶やかに色めく。
 弓生は、感情の奥底に眠っていた燻りに火をつけられたように感じた。
 自分の感情がコントロールできなくなるほどに、焚き付けられるような強い眼差し。
 ただ、素直に心のままに弓生を求める聖の姿は、弓生にとって侵しがたい聖域でもあり、また、アイデンティティーを揺さぶられるような独占欲に駆られる存在だった。
 弓生は聖を腕に抱き、なおも逡巡していた。
 組み敷かれたような状態の聖を見下ろす。はらりと聖の顔に影を造っている前髪を、長く細い指で掬い上げた。淡いルームスタンドの光に灯された聖は、黙したまま視線で弓生に訴えかける。その視線に射抜かれて。
 弓生は、聖の額にそっと口付けた。
 聖は瞳を伏せる。微かに震える睫毛が、弓生の眼にはとても儚げに映った。それは、いつかは訪れる別離≠ヨの不安を弓生の心に植え付けた。
 ―――今、自分の腕の中にあるものも、いつかはなくなってしまう―――そう想った瞬間に、弓生は狂おしい程の強い感情が自分の中にあるい事に気付いた。
 弓生が聖の口唇に、そっと自分の口唇を重ねる。触れ合った感触が、お互いの孕む熱を如実に伝える。聖は、弓生の首に廻していた腕を、少し手前に引いた。
 二人の物理的な密着度は更に高まり。それに呼応して、口付けも深まっていく。絡められる舌先は、互いの溶け合い、混ざり、そっと理性を奪う。
 弓生は、聖の耳に、頬に、そっと口付ける。まるで、聖の存在を確かめるかのように、優しく…。
「や…、ユミちゃん……」
 耳朶から耳の後ろにかけて、近づけられた弓生の口唇から漏れる暖かな吐息に、くすぐったがるように聖が笑う。そこに、わざとちゅっという音を立てて、弓生が口付ける。
 弓生は、聖の身体に指を這わせながら、心底楽しそうに浮かべられた笑みを見つめた。聖は、視線を感じたのか、双眸を見開き、弓生を見つめ返す。交錯する視線には、どこかほっとするような、温かさが込められいた。
 安心したように柔らかく微笑んだ聖の眦に、弓生は触れるか触れないかのキスをして。聖のシャツをたくしあげる。体を浮かせて、聖も自身の意志で着ていたものを脱ぎ捨てていく。
 幾つかの衣擦れの音。
 二人は、日常の時を幾度も共に過ごしたリビングで、全裸になり、重なりあう。
 胸を、脇腹を、首筋をつたう弓生の口唇が、聖の身体を熱くしていく。いや…、弓生が触れている≠ニいう事実が聖を昂めるのか。さざめきに似た笑みの中に、微かに甘やかな響きが混ざる。
 そんな聖のあどけなくも艶やかな姿に、自らの奥に封じられていた情欲に火を点けられたのか、聖の身体をなぞる口唇も、次第に理性を失い、力強い愛撫へと変わっていく。
 聖の、胸元の紅点に舌を這わせたまま、弓生は長くしなやかな指をすっと下腹部に滑らす。
「あ……」
 微かに反応を示し始めていた自身に、何の前触れもなく触れられて、たまらずに聖が声をあげる。
 弓生の肩に、自然に置かれていた手が、弓生の首に添えられる。
 そんな聖の様子は意にも介していないのか、弓生は手の内に収められた、まだまだ弱い猛りをそっと握り込む。舌は、聖の身体を這わせたまま、胸元から腹部へと伝い落ちていく。
 えもいわれぬ感触に、聖が一瞬息を吸い込んだその時、弓生の指でじわじわと昂められていた聖自身を、口に含んだ。
「あっ……ユミちゃん……」
 舌を這わされ、歯の裏で擦られ、時に軽く吸われて。止めど無く押し寄せる快感に、無意識なのか、弓生の髪に指を絡ませて、銜えられた腰を恥ずかしげに揺らす聖。その可愛らしく素直な反応を、内心で微笑んで。弓生は、十分な角度を保ったままの聖自身から一度口を離した。
 身体を起こし、目を向けたのは、テーブルの上に置きっぱなしになっていた、買ってきたばかりのメイク落し。
 聖は、途中で放り出されたような形のまま、不安げに弓生の動向を見ている。弓生はメイク落しを手に取り、ふたを開けた。そして、頼りなげな聖の視線に気付く。
「安心しろ、お前を傷つけないために使うだけだ」
 そう言って、頬に口付けた。そのまま、額に、瞼に、口付けを降らせながら、メイク落しの中身を人差し指で掬い取る。クリーム状のそれを、ゆっくりと聖の後ろに擦り付けた。
「ひゃっ…」
 初めて触れられた秘所は、聖に今まで感じた事の無い戦慄を与える。しっかりと塗り込めるように、執拗に秘所と、その周囲を責め立てる弓生の指が、聖を急き立てる。舌で首筋への愛撫を受けながら、後ろを探られ、聖自身もそそり立つ。
「あっ…や……」
 聖が感じてきたのを見計らって、弓生は、秘所に触れていた指先を押し込む。
「っ…」
 唐突な異物感に、弓生の肩に触れていた聖の指がぴくりと動き、身体が強張るのが分かる。そんな聖を宥めるように、身体ごと、空いている方の腕で抱きすくめて、さらに奥へと指を差し込んだ。
「力を抜いてろ…」
 弓生は囁いた。耳朶を甘噛みして、聖の内から快感を引き出そうと試みる。
「ん…」
 小さく頷いて、ようやく聖の身体から張り詰めていた緊張感が弱まる。しばらく出し入れを繰り返していた指を引き抜き、そこに中指を添えて、再度押し込む。普通よりも高い温度に晒されたクリーム状のメイク落しは、溶けて、ぐちゅっという淫靡な音を立てながら、聖の秘所を滑らかにしている。
「あ…」
 予想以上に卑らしい音を立てられて、聖の目尻がほの赤く染まる。そんな聖の表情は、弓生の更なる征服欲を掻き立てて。自分の内に、潰えることない欲望の存在を思い知った弓生は、一人失笑して。それでも、目の前にある聖を確かめるために。
 一旦身体を離して、聖の身体を裏返す。もう、かなり弓の施しに身体が弛緩した聖は、抗う事もせずにうつ伏せにされた。そして、双丘を揉みしだきながら、今度は指を3本揃えて差し入れた。
 聖の内壁を掻き回すように、指を蠢かす。
 始めは異物感しか感じられなかった聖も、徐々に慣らされ、己の内が弓生の指に反応し出すのを感じていた。
 常に、奇麗なフォームでピックを挟み、弦を弾いている弓生の指が、今、自分の内にある―――そんな思考が脳裏を過った時、弓生の長い指が、聖の奥に触れた。
「あぁっ…」
 ずんっと背筋を走る、寒気にも似た快感。すっと聖の身体から力が抜けた一瞬を見逃さずに、弓生は指を抜き、自分自身をあてがった。そして、そのまま、押し入れる。
「―――っ」
 先程までとは比べ物にならない、圧倒的な存在感は、さすがにかなりの痛みを伴った。弓生は、身体を強張らせたまま硬直してしまった聖の背中に、舌を這わせ、今感じた痛みにだいぶ萎えてしまった聖を愛撫して、痛みから気を逸らせるように、気遣う。
 けれど、身体の強張りは取れず、これ以上は聖を傷つけてしまうと思った弓生が、入れかけた自身を抜こうとすると、聖が囁いた。
「ユミちゃん…大丈夫やから。――やめんといて…」
「聖、無理する事は――」
「無理やないからっ」
 どこか、切実な響きの聖の言葉に、弓生もそれ以上言い返す事も出来ずに。
「わかったから…無理だと思ったら、すぐに言え」
 弓生は、出来る限り優しく、ゆっくりと身体を進める。前に施される愛撫と、背中に降り注ぐ弓生の口付けで、段々と身体の強張りは解けてきているものの、まだ全く馴らされていない身体は、なかなか弓生を受け入れられずにいたが。
 痛みだけではない快楽を、ほんの少しでも味あわせようと、手管を尽くす弓生の甲斐あってか、なんとか全てを埋め込んだ時には、聖の緊張も解け、幾ばくか、感じられる余裕も出来ていた。
 それでも、聖の身体を慮って、弓生は細心の注意を払いながら、ゆっくりと馴らすように腰を動かす。
 聖の口から、熱い吐息が漏れる。
「あぁっ…」
 ぎしっというソファの軋む音と共に、奥を突かれ、思わず甘美な嬌声が口唇をつく。
「ユミちゃんっ…」
 感極まったような聖の吐息交じりの声が、絶頂が近い事を告げる。そして、弓生もまた、きつく締め上げる聖の中で、感じきっていて。
「聖…」
 熱のこもった呼びかけと、更に奥へと聖の身体を貫いて。
「―――っ……」
 およそ言葉にならない聖の叫声と共に、二人、向うへと堕ちていく……。
 その瞬間に聖は意識を飛ばした。
 聖の白く艶やかな太股に、一筋の鮮血が伝い落ちた。












いつもと同じ部屋の中

何もかもが崩れていく

僕が僕じゃないみたいに

ステキな夜つきぬけていく

小さな魔法のかけらと

新しい僕の世界で

僕らは静かに微笑み

揺れた影に涙さえ落とした












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