恋の領域、愛の行方 #10 |
薫の体の変調の原因が判明した途端、海堂家は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。 医学で証明することの出来ないこの現象に、海堂家の年寄り連中は皆一様に薫の両親を責めた。やはり生まれた時に殺しておくべきだったのだ、と。 そして。「今からでも遅くない、呪われた血は絶やさなければならない」と薫を殺害しようとし、薫が存在する事で見舞われるだろう災厄に恐れおののいた。親戚一同からの圧力が日に日に強まる中、それでも薫が心を病む事がないよう最大限の優しさで接してくれる家族に対して、薫は胸を痛めた。 自分が居るせいで、みんなが不幸になってしまう。 思いつめたある夜、薫は一人家を抜け出して町外れの魔女の家を訪れた。もしかしたら、この街の誰よりも古くからここに居るという魔女ならば、何かこの状況を打破する方法を知っているかもしれない。 そんな淡い期待を抱いて訪れたものの。 「だからって、一体何をどう聞けばいいんだ・・・」 薫は途方にくれてしまった。その時。 「こんな夜中に誰だい?」 ぼんやりと立ち尽くす薫の目の前で、扉が内側から開かれた。現れたのは、ポニーテールにピンクのジャージを着た、やたらと活発そうな、到底魔女には見えないようなおばあさんだった。 「あ、あの」 「おやおや、これはまた変わったお客さんだ。・・・ほう、何か困ってるようだね」 見透かすように細めた目が、薫の全身をちら、と眺めて。 「ま、お入り」 薫を、部屋へと招き入れた。 中央に置かれたテーブルを勧められ、座って待っていると。 「ほら、これでも飲んで落ち着きな」 白い湯気の立つマグカップを手渡された。顔を近づければ、かすかに甘い匂いが鼻につく。 「なぁに、魔女の家で出されたからってあやしいもんじゃないよ、ただのハーブティさ」 「アリガトウゴザイマス」 薫が口をつけるのをじっと見守ってから。 「で。オマエはどうしたいんだい?」 問いかけは、唐突だった。 「どうって・・・」 困惑げに俯いた薫に。 「自分の体を厭わしく思って、どうにかしたくて、ここに来たようだね。確かに漠然とどうにかしたい、って意思は見えるけれどそれ以上の何か、が見えてないみたいだ」 口調よりも優しい声音でそういわれて。 「あなたはどこまで」 俺のことを知っているんですか。 そう言いかけた薫は、途中で口をつぐんだ。相手は魔女だ、千里眼を持っていても不思議はない。 「オマエの家のことは、よく知っているよ」 「えっ」 「・・・原因は、その血筋だ」 「どういう、ことですか」 「オマエには、知る権利があるだろう」 その声音に、薫は手にしたマグカップを無意識に強く握る。 「意識をしっかり持ってよく聞くんだ。オマエの血は、呪われてるよ」 薫は、息を飲んだ。 これまで散々、親戚の年寄り達に言われていた言葉。自分の体が呪われている、と。けれど、そんな非科学的なことはこれまであまり信じていなかった。否、両親が信じるな、と嘲りと罵倒の意図を持ってぶつけられるその言葉からただひたすら自分の身を案じて守っていてくれたのだ。 薫は、俯き手の中のマグカップを見下ろす。 その言葉を。決定づけるように、告げられて。 「それは・・・俺が、生まれてこなければよかった、ってことですか?」 ポツリとつぶやいたその言葉に。 「厳密には、オマエさんではなくオマエさんの先祖が悪い、ってことになるかな」 魔女は、自嘲めいた悲しい表情で、続けた。 「オマエのひぃ爺さんのひぃ爺さんくらい、になるのかな。それはそれはひどい男がいてね」 初めて聞く自分の先祖の話に、薫は魔女の顔を見上げる。 「女を性欲処理道具くらいにしか思わないような、そういうひどい男さ」 魔女は、この時初めて年相応の少し疲れたような表情を浮かべて、薫の顔を見下ろした。 「そいつが、アタシの身内に手を出した。ウチの家系は代々魔女でね。そのコも魔女だったんだが、魔女の癖に素直でえらく従順なかわいいコでね。オマエのご先祖様はそんな子を、口先でウマイこと言って、たらしこんだのさ。そして。ほだされて体を許した途端。その男はそのコを捨てた。別に、そのコが好きだったわけではなくて魔女って種類のオンナとヤッてみたかっただけだっていとも簡単に言ってのけて、ね」 あまりの話に、薫は言葉も返せない。そんな薫の様子にかまう素振りもなく、魔女は淡々と言葉を続ける。 「あぁ、よくある話さ。そのコがバカだった。けどねぇ、それで済ませられるほどアタシたち魔女って種類はドライに出来てないんだよ」 キラリ、と魔女の年老いているのに輝きを欠片も失っていない目が、光った。 薫の背筋を、ゾクリとした感触が走る。 「ヤられたら、倍返し。それが基本なんだよ」 「それで、どうして俺が・・・」 「言い伝えがあるだろう?」 「・・・まさか」 「それは、そのコの呪いさ」 古き言い伝え。男児の誕生によって訪れるであろう悪しき兆候。それは。 「そう。海堂家直系の男児には、呪われた体を」 「それで・・・俺が」 「そういうことだ。あ、ついでに言っておくと。呪いを解けるのは、呪いを掛けた本人か、それ以上の力を持ったものになるけど。本人は既にこの世にはいないよ」 「亡くなった、ってことですか?」 「あぁ、流行り病が原因だったけどね」 「あなたにお願いすることは、できないんですか?」 「アタシには、あのコほどの力はないからね」 「そう、ですか」 「ま、でもそう落ち込みなさんな。一応、あのコも未来永劫自分の呪いで誰かが苦しむことを望んでいたわけじゃない」 「え」 「その呪いを断ち切る術はある、ってことだ。・・・まぁ、オマエさん次第だがな」 「どうすればいいんですか」 薫の、微かに希望を抱くような表情に、魔女の顔から、さっきまでの疲れた色がすぅ、と消えていき。そこには最初に見せた若々しさが戻る。 「・・・知りたいかい?」 「はいっ」 家族を、みんなを不幸にするこの呪いを断ち切れるならばなんだってする、そんな気持ちの薫の意思を、どう思ったのか。 「オマエに、家族と離れる覚悟と今までの自分の人生を捨てる覚悟があるなら、教えてやってもいいよ」 魔女は、にやりと笑った。 |