Blindly Mind #3 |
手塚×海堂前提 忍足×海堂 |
「もー、薫ちゃんにはかなわんて」 「そんなこと言われても信用しないッスよ。・・・まだまだッス」 ストリートのテニスコートで、忍足さんと試合をした。氷帝の天才とまで言われる忍足さんのテニスは、練習であって公式な試合ではない、といえども。 「結局、勝てなかったし」 1セットマッチ。結果は6-4。俺の、負け。 「そら、俺かて氷帝でレギュラーやってんで? そう簡単に負けられますか」 判ってはいても負けたこと自体はやっぱり悔しくて、ベンチに座ってスポーツドリンクを飲みながら笑う忍足さんを睨んだら。 「あー、もう、そんな顔せんとってー」 練習の時は必ずしているバンダナは既に外された、少し濡れた髪の毛を首に掛けたタオルでガシガシと拭かれる。両手で頭を包み込むみたいにされた、と思った次の瞬間。 「このまんま、連れて帰ってしまいたくなる」 「うわっ」 体ごと引き寄せられて。忍足さんの胸に倒れこんだ。汗ばんで、まだ火照った体どうしが触れ合うのなんて、気持ち悪いだけなのに。 「薫」 初めて、名前を呼び捨てにされて。胸が高鳴るなんて。 「あれ、海堂?」 その時、聞き覚えのある声に呼ばれて、俺は慌てて体を起こして振り向いた。 「不二先輩!」 そこには、数時間前に部室で別れたばかりの不二先輩の姿。 「やっぱり。後姿でそうじゃないかな、とは思ったんだけど。と・・・へぇ、珍しい人が一緒だね」 「えらい奇遇やなぁ、青学の天才がこないなトコでどないしたん?」 「目的はキミ達と一緒だと思うけど」 不二先輩がそう言いながらラケットを持ち上げてみせる。 そういえば、部室で不二先輩は手塚先輩と何か話してなかったか? そう思い当たった瞬間。 「どうした、不二」 「手塚、部長・・・っ」 不二先輩の後ろから現れた手塚部長の姿に、俺は思わず息を飲んだ。反射的に立ち上がってしまう。 「―――海堂」 手塚部長も、珍しく驚いたように目を見開いて。そして、隣に立つ忍足さんを認識して。 眼鏡の奥の目が、不自然に細められた気が、した。 口を引き結んでいるところも、レンズの奥の瞳が怜悧な輝きを帯びていることも、整ったその顔に一切の表情が浮かんでいないこともいつも通りなのに、それは初めてみる手塚部長の顔で。 手塚部長は、静かに。怒ってる、のか? 「ちょっと来い」 「痛っ」 黙ったまま何も言わない俺に歩み寄ると、腕を掴まれて引っ張られる。 「ちょぉ、待ち。今日は俺が薫ちゃんを連れてきたんやけど? いっくら手塚と言えども今ここで薫ちゃん連れて行くのを見送るつもりはあらへんで?」 掴まれた場所が痛むほどの力でひっぱられる俺を、忍足先輩が後ろから、抱きしめて引き止める。 「お、忍足さん」 「話があるなら、ここでしたらえぇやん」 「忍足さん、離して―――」 離してください、と言いかけた言葉は、手塚部長に遮られた。 「―――海堂。どういうことだ」 あぁ、またあの目だ。昼間、見た、あの不思議な色。冷たいわけではないけれど冷静でなんの表情も浮かべない、それでいて射抜くように強い、視線。 その目に見つめられて動けない俺の変わりに。 「どういうこともあらへん、今日は俺が薫ちゃんと」 「忍足、おまえには聞いていない」 「―――ちっ」 手塚部長の固い声。俺の手を掴む力強さは感じられるのに、それでもその表情からは何も読み取れない。 「海堂、どういうことだ」 俺の名を呼ぶ声に。俺の思考も、止まる。 「え、と。あの、忍足さんと、テニスを・・・」 「だから、どうして忍足とテニスをしにきているんだ、と聞いている」 聞いたことのない、声。いつもと一緒なのに、何かが違う。 混乱する。 どうしたらいい、何をすればいい、何を信じればいい、どこを見たらいい? 「海堂―――」 「手塚。今日のところは、帰ろう。今ここで、これ以上海堂を責めるのはよくないよ」 不二先輩が、手塚先輩の肩に手を置いて、そう言ってる。 「しかし」 「海堂。手塚は連れて帰るよ。いいね」 「不二、先輩?」 なんで、不二先輩が・・・? 俺の疑問は空中に浮く。 「忍足、海堂のこと頼んだから」 「オマエに言われる筋合いやあらへんけどな」 不二先輩は、忍足先輩にも笑顔を見せる。 「行こう、手塚」 そして、有無を言わさぬ声で、手塚部長を連れて行ってしまう。 「―――あぁ」 どうして、手塚部長は不二先輩にはそんな風に従うんですか。 八つ当たりみたいに浮かんだ疑問は、けれど口をついて出ることはなくて。 「手塚、オマエが薫ちゃんをこれ以上泣かすんやったら、俺かて容赦せぇへんで?」 立ち去ろうとする手塚部長の背中に、忍足先輩がぶつけた言葉は。手塚部長に宛てたものだったけれど、同時に俺の心臓も抉った。 「いつ、俺が海堂を泣かせた」 あぁ、やっぱり。手塚部長には伝わってなかったんだ。俺の気持ちなんて。 「あんなぁ、薫ちゃんはっ」 「忍足さん、もう、いいからっ」 手塚部長の言葉にキレた忍足さんの袖を掴んで、引き止める。 「薫ちゃん?」 「もう、いいッス」 言いながら、俯いた。気配で手塚部長がそのまま立ち去ったのを感じて、じわじわと浮かぶ涙がこらえ切れない。 「なぁ、俺にしとき?」 忍足さんの、優しい声と同時に。そっと抱き締められて。俺にその体温を突き放す勇気はなくて。 「忍足、さん」 その胸に顔を埋めて。初めて、手塚部長のために、泣いた。 「別にえぇねん。薫ちゃんが手塚のコト好きなんは最初からわかっとったことやし。ほんまは、薫ちゃんが俺の方向くまで待ってようと思っててんけどな、アイツのあの態度見とったら、もうこれ以上薫ちゃんのこと放っといたらアカンような気になってん」 背中を撫でる忍足さんの体温が。 「手塚には、こうやって。甘えられへんのやろ?」 くすぐるように髪に触れる忍足さんの指が。 「せやったら、俺にしとき。手塚のことを好きな薫ちゃんごと全部、俺が受け止めたるから」 愛おしむようにぎゅっと抱き締めてくれる忍足さんの腕が。 「忍足、さん」 「今はなんも言わんでえぇから、な」 堰を切ったように溢れる涙を止める術を俺は知らなくて。忍足さんにすがり付くことしか出来なかった。 |