奥様交流会 2




 既に落ち掛けた夕日の朱が残像となって徐々に暗闇に支配されつつあるグラウンドを背にして、海堂薫が自主練を終えて部室に帰る途中。
(確か今日は、乾先輩、用事があるって言ってたっけ・・・)
 いつもは自分の練習が終わるのを部室で待ってくれている、特別な関係にある先輩が今日は居ない事を思い出した。
 少しだけ残念に思いながら部室の扉を開けると。
「おっ、海堂、おっつかれー、海堂はいつも頑張るにゃ」
 パイプ椅子に座る菊丸英二が声を掛けてきた。そして、その向かいには、いつもの事ながら部誌でも書いているのか、カリカリと筆圧の高そうな音を響かせている手塚国光。
 菊丸は、相変わらず懲りずにパイプ椅子をぎーこぎーこ揺らしている。
「菊丸先輩。また転びますよ」
 (海堂的には)親切に忠告するも、その忠告を聞く様子は菊丸にはない。
「へのへのかっぱだよー。この菊丸英二様が同じ失敗を二度も繰り返すワケが・・・」
 ガタンッ。
 言ってる側から、と思って菊丸を振り向くと。
「・・・セーフっ」
 微妙な格好で、なんとか机を掴んでバランスを取っている菊丸の姿が見えた。
「菊丸、邪魔をするな」
 菊丸が咄嗟に机を掴んだ拍子に、大きく机が動いたのだろう。
 容赦なく冷たく言い放ち、机を元に戻して手塚はまた何事もなかったかのようにさきほどからの動作を継続した。
 そんな手塚の反応を不満に思ったのか。
「ひどいにゃー、こんなカワイイ英二くんに向かって、「大丈夫?」の一言もないワケ〜?!」
 芸達者に、「大丈夫?」の部分だけを手塚の声マネをして言い募る菊丸に、手塚はやはりチラリと視線を向けて、一言。
「五月蝿い」
 それに逆ギレした菊丸は、
「もう怒ったゾ! 手塚なんかこうしてやる!」
 言うやいなや、わざと机をガタガタと揺らし始めた。
「どうだ、これで書けないだろう〜。手塚、英二くんにごめんなさいは?」
「・・・菊丸、明日グラウンド50周走りたいか?」
 手塚とて、菊丸と出会って3年。いい加減菊丸のムチャっぷりにも慣れるというもの。低く冷静な声でそう告げれば。
「にゃー!! 手塚、ショッケンランヨーだ! ズルイぞっ!!」
「邪魔をするなら帰れ」
「手塚のばかーっ」
 一方的に大騒ぎをする菊丸と、面倒だと言わんばかりの冷たさであしらう手塚のやり取りは、別に今に始まったことではない。海堂は、付き合いきれない、とばかりに二人に背を向けて着替え始めた。
 そして。
 いつかの悪夢が蘇る。
(・・・・・・ヤバイっ)
 以前、同じメンツでこの部室に最後まで残ってしまった時の事を。
(今日もまたヘタな事聞かれねぇうちにとっとと帰ろう)
 意を決して、そそくさと帰り支度をするべく汗だくになったTシャツを脱いで身体をタオルで拭き、着替え用のTシャツを着る。背後では、まだ手塚と菊丸が結論の出そうにない言い合いをしている。
(よし、今日は何か言われる前に帰れそうだ)
 少しだけ安心しながら、海堂は制服の上着を羽織ろうとロッカーに手を伸ばした時。
「薫ちゃーん、手塚がイヂめるよー」
 海堂の背中に、菊丸が抱き付いた。海堂はぎょっとして硬直する。そんな海堂の反応はお構いなしで、腹の前に回した腕で更に力強く抱き付いて。
「わー、薫ちゃん意外と細いんだにゃー」
 言いながら、ワサワサと手の平を海堂の身体に這わせた。
「ちょ、菊丸先輩、着替えられないんで・・・」
「なんだよー、乾には触らせて俺には触らせられないっていうのかー?」
 まったくもってワケの判らない因縁をつけられて、薫は心の中で思わず乾に助けを求めた。が、しかし。
「今日は乾、先に帰ったんだよねー?」
 満面の笑みで、海堂の顔を覗き込むようにして背にのしかかる菊丸の顔を見て、海堂はぎょっとする。
「知ってるよーん。今日は不二が乾を誘ったんだにゃ」
「え? 不二先輩が?」
「そ。不二んトコのおねーちゃんのパソコンが調子悪いから見て欲しいって、さっき言ってるの聞いたにゃ。だから、乾は来ないから乾に見つかる心配はにゃいのだ!」
「いや、あの、見つかる見つからないとかじゃなくて・・・ほんと、帰りたいんで・・・放してください・・・」
 仮にもセンパイである。さすがに邪険に振り払うこともできず海堂が控えめにそう言うと。
「そんなに帰りたい?」
 菊丸の言葉に海堂は大きく頷いた。
「しょうがないなー、じゃあ英二先輩の質問に答えたら放してやろう」
 そう言って、少しだけ腕の力をゆるめてから、口に出された質問は。
「しっつもーん! 薫ちゃんの一番好きな体位はなんですかっ?」
 ドッカーン。
 桃城のダンクスマッシュなんて目じゃない破壊力に、海堂は硬直した。
「いやさ、最近ちょっとマンネリでさー。色々と試してるんだけど。海堂はどうかなーって。ちなみに俺はねー、やっぱり騎上位!」
(騎上位って・・・)
 堂々と宣言されたその答に、薫の顔に疑問符が浮かぶ。
「あ、薫ちゃんわかんにゃい? 騎上位」
「えっと・・・」
(・・・ここで、どんなのですか、なんて聞くのは更に恥かしくないか?)
 海堂の心を知ってか知らずか、菊丸があのね、と言って耳元でごにょごにょと「寝転んでる乾の上に、薫ちゃんが座るヤツだよ」と囁いた。
(あぁ、そういやあん時・・・確か先輩が言ってたな)
 と、菊丸に言われた姿を想像して思い出したのと同時に。「薫のいいように動いて」なんて言われて自分で腰を使うなんていう恥ずかしい思いをささせられたのを思い出し。
 海堂の頬が更なる羞恥の朱色に染まる。
(菊丸先輩、あんな恥かしいのが好きなのかよ・・・つぅか、なんちゅー説明だよっ!)
 海堂の身体は既に硬直状態で固定され、しばらくは解けそうにない。
 そして。
「菊丸らしいな」
 ボソリ、と一言呟かれた手塚の声。更に。
「俺は、ヤられる方ならバックだな」
 ドッカーン。本日二発目の爆撃投下。威力は更に倍。
(部長が・・・手塚部長が・・・バックが好きだって・・・聞いてないにのに、誰も手塚部長には聞いてないのに!)
 海堂の悲痛な叫びは、誰にも届かない。
「バックかー、バックもいいよねー。立ちバックとか、シチュエーションにもよるけど萌えるよねっ!」
 菊丸は、海堂に抱き付いたまま、きゃいきゃいと騒ぐ。
「で、海堂は?」
「・・・・・・・っ」
「ねー、教えろよー」
「いや、あの、そういうの、良く知らないんで・・・」
 なんとか菊丸から逃れようと、海堂は悪あがきのごとく身を捩る、が。
「名前がわかんないんだったら、こういうの、って説明してくれてもいいよー」
(そんなのもっと恥かしいじゃねぇかっ!!)
 もうこれ以上ないくらい、真っ赤に染まった首筋と耳を見ながら。
「にゃはー、薫ちゃんはほんとにかわいいにゃー」
 言いながら甘えるように背中に顔を押し付ける菊丸に、海堂は心底どう対応していいのか判らなくなる。そんな海堂の様子をさすがに不憫だと思ったのか。
「菊丸、そのくらいにしておけ」
 手塚の部長の威厳を持った一声に、菊丸はちぇー、と舌打ちしながらも海堂の背中から離れて。
「海堂も、さっさと着替えて菊丸に遊ばれないうちに帰れ」
「・・・ハイ」
(助かった・・・ありがとうございます、部長!)
 海堂は心の中で手塚に礼を言って、そそくさと帰る準備をする。
「オツカレッシタ」
 そして、逃げるように部室を後にした。
 その背中を見送って。
「手塚ー、なんで邪魔したのさー」
「・・・海堂の好きな体位なら知っている」
 思いがけない手塚の発言に、菊丸は目を見開いて身を乗り出した。
「うそっ、なになにっ?」
「背面座位だそうだ」
「うわー、なんかわかるようなわからないような・・・でもそれ誰にきいたの?」
「この間、乾に聞かされた」
「へー。そっかー、背面座位かー。今度試してみよー」
 その後。数十分にわたって、手塚が菊丸に、乾に聞かされたあれやこれを根掘り葉掘り問いただされたのは言うまでもない。











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