I Lost Words. #8




「英二。落ち着いたか?」
「うん、ごめん・・・・・・」
 とりあえず部屋に戻って、冷えた体を温めようと作ったホットミルクを飲み干して、ようやく落ち着いたように見える英二に、大石は笑いかける。
「いいよ、ほら。カップ貸して」
「うん・・・・・・」
 英二は、まだ赤く腫らしたままの目で大石を見つめた。
「ねぇ、大石・・・・・・」
「どうした」
 囁くような、呟くような。はつらつとした印象の強い英二からは想像もできないほどか細い声の英二の声をきちんと聞き取ろうと、大石は膝をついて英二に近づいた。英二の目は、大石の動きを追って。
 二人の目の高さが等しくなった時。英二が、口を開いた。
「やっぱり、俺のしたこと、間違ってるよね」
「英二」
 揺れる英二の目を見つめる大石の心にも、言葉にしがたい感情が押し寄せてくる。
「どうしよう、海堂、絶対怒ってるよね」
「・・・・・・海堂が怒ってるかどうかはともかく、乾と海堂の二人がどうなってしまうのか、ちょっと心配だね」
「・・・・・・っ! そうだよ、俺、どうしてそんなことも思いつかなかったんだろう。あの時は、ほんとに、乾が優しくて、だから、だから・・・・・・」
 ようやく止まった涙が、また英二の瞳から溢れる。
「英二」
 たまらず、大石は英二を抱きしめた。
 空っぽのマグカップが床に転がる。
 大石の心はまだ迷っていた。
 迷いながら。
(今、ここで。俺が英二のために、そして自分のために最大限にできること・・・・・・)
 腕の中で肩を震わせている英二にしてあげられること。
「俺はおまえが一番心配だよ、英二」
 両肩を掴むように、手に力を入れて英二を抱きしめた。
「大石?」
 大石を見上げる英二の目に溜まった涙が、瞬きと一緒に頬を伝う。その雫を指先で拭った。
「英二、好きだよ」
 潤んだ英二の目が大石を真っ直ぐに見詰めている。その瞳を見つめながら、大石は自分の気持ちを一番言い表す言葉にようやく思い当たった。
 やっと、見つけた。
「おまえのことが、好きだ。英二」
 英二が目を見開く。そして、唇が震えながら開いて。
「・・・・・・嘘だ」
「嘘じゃない」
 か細い声を掻き消すように、大石は力強くそう言い切る。断定に近いその言葉は、けれどその強さに反比例するように英二の声は小さく、弱く。そして、英二自身も力なくうなだれていく。
「嘘だよ。駄目だよ、大石。いくら優しくたってそんなこと言っちゃ駄目だ」
 弱々しく首を振る英二の頬を両手で包んだ。
「英二は―――」
 頭を引き寄せて、唇に触れる。
「俺が、英二にこういうことをしたいって言ったら、いやか?」
 触れるだけのキスに、英二は体を強張らせたまま腕を突っ張って大石の体を押し返そうとする。
「だめ、だよ」
「英二」
「俺は、大石に特別好きになってもらえるような人間じゃないよ」
 その力ない腕をつかむと、大石は体ごと英二を抱きしめた。涙混じりに震える英二の声が、耳と体と両方に響く。
「普通に、友達として好きってだけで全然いいんだよ」
 こんなに、弱々しく話す英二は見たくない。
 大石は抱きしめた英二の体を一度離すと、涙に濡れた英二の瞳を覗き込んだ。
「ちゃんと俺を見て、英二」
 間近に覗き込めば、視線を逸らしてしまう英二の瞳が逡巡するように揺れて、大石を見る。
 目の前にいる自分を見ていることを確認してから、大石は口を開いた。
「それでも、俺の中で英二はもう特別なんだ」
 一言、一言。ゆっくりと、伝えていく。
「ずっと前から。・・・・・・多分、中学の時からずっと」
「大石」
 もう、迷わない。大石の心にもう、迷いはない。
「英二の全てを理解してあげることは、すぐには無理かもしれない。でも、これから時間をかけて二人でがんばろう。な?」
 そばにいられなかった過去はもう戻らない。
 けれど、今、英二を見捨てることなんて自分にはできない。
 思い出も大切だけれど、それよりももっと。 
「おお、いし・・・・・・」
「今の英二も、俺にとっては昔と変わらず大事な存在なんだ」
 目の前にいる、英二の存在を守りたいんだ。
「英二」
 片手を英二の頬に添えて、わずか上向かせて再び唇に触れる。英二を怖がらせないように、優しく、角度を変えて触れていくうちに、英二の腕から力が抜けていく。垂れた腕が大石の腰にまわされたのを感じて、大石は英二をベッドにもたれさせかける。
 上半身だけベッドに横になった状態で、顎に、頬に、優しくキスを降らせる大石に、英二は優しい笑みを浮かべた。
「大石、ほんとに俺でいいの? 後悔しない?」
「するもんか」
 英二の瞳の中には、大石には見えない恐怖と戦う色がまだ見え隠れしている。
「もう、一人で苦しむんじゃないぞ」
「うん」
 けれど、大石はそれごと英二を受け入れると、決めた。
「スキだよ、大石」
 笑った形に細めた目の端から、雫が一筋頬を伝う。
 その笑顔に。
「やっと英二が戻ってきた」
 大石は小さく呟いた。











<-back next->


inserted by FC2 system