恋の領域、愛の行方 #4




 3丁目の電気店は、店主である橘桔平の人柄のおかげか、今日も客足が途絶えない。
「はい、いらっしゃいませー。あ、いつもありがとうございます。えぇ、これ、新製品なんですよ、いいですよ。前よりも使いやすくなって。えぇ、はい、あ、ありがとうございます、おい杏、これレジ頼む」
「はーい」
 元気よく返事をして、快活な笑顔を振りまきレジに並ぶ客をさばいていく少女は、橘杏。桔平の妹である。
「あ、杏ちゃん、俺も手伝うよ」
「ありがとう、神尾くん」
 屈託ない杏の笑顔に、微かに頬を染めたのは神尾アキラ。どうやら杏のことが気になる・・・ようだが、まったくもって杏には相手にされていない。
 そんな二人にちらりと視線を向けて、あきれたようにため息を吐いたのは、伊武深司。彼もここの従業員である。
「まぁったく一体何が楽しくあぁ毎日同じことができるのか、僕には想像もできないよ」
 にこにこと楽しそうに客の相手をする二人から視線を外し、店の奥へと帰ろうとする深司に。
「おい、深司! ちょっと配達に行ってきてくれないか!」
 橘の声で呼び止められた。ここに暮らす以上、橘に歯向かえる者はなく。
 なによりも、基本的に他人に好意を持つことの少ない深司も橘のことは慕っていた。
「わかりました」
 さきほどの不満そうな顔はそのままだがとりたてて歯向かう様子もなく、深司はそう答えて店の裏手へと向かった。
「あぁ、これだこれ。・・・にしてもなんだか重たいなぁ」
 住居となっている店の裏手の木造二階建ての建物の脇に止められた荷車を手に、ぶつぶつと呟きながら店に戻る。そして、店の裏口に荷車をつけて、風雨にさらされるのを避けるためにかけられた幌を取り外すと。
「・・・・ねぇ、こんな非常識なこと許されると思ってるの?」
 小さく呟いて見下ろしたそこには。
「・・・・ん」
 かすかに身じろいで眠り続ける薫が横たわっていた。
「まったく、世の中一体なんだと思ってるわけ? こんなトコで、こんな格好で寝るなんてどうかしてると思うんだけど。いやんなっちゃうなぁ、こんなハプニング起こってくれるのってすごい迷惑なんだけど。橘さんに頼まれた仕事、できないんだけどなぁ」
 ボソボソと呟かれる深司の声に、また、薫がもぞもぞと動く。けれど、覚醒する気配はない。
「むかつくなぁ」
 深司の目に一層剣呑な色が浮かんだ頃。
「おい、深司。何やってるんだ」
「あ、橘さん」
 いつまでも戻ってこない深司を怪訝に思ったのか、顔を出して声をかける橘を振り返って、深司は荷車を指差した。
「知らないヤツが寝てるんです。見てくださいよ」
「知らないヤツ? 寝てるって・・・」
 深司の言葉を疑ったような声で、それでも言われたとおりに荷車を覗いた橘が見たものは。
 上半身はきっちりとコルセットに身を包み、下半身は薄手のシミーズの下にズロース・・・といえなくもない、トランクスのような下着を身に着けた・・・要は下着姿で転がっている薫の姿があった。
「深司、これは!」
「聞かれても俺だって知らないですよ。今見たら居たんですから」
 橘は、注意深く薫の様子を伺った。
 黒く艶やかな前髪がその表情を隠してはいるものの、隙間からは苦しそうに歪められた眉根が覗く。そして、息苦しいのか時折胸の辺りを手で引っかくように押さえている。
「おい、大丈夫か」
 薫に橘は声をかけるが、薫はただ小さくうめくのみで橘の声に答える気配はない。
「体調でも悪いのか。。。このまま放っておくわけにもいかないな」
「え、ちょっと、橘さん、こんなワケのわかんないヤツ・・・」
「行き倒れている人を見捨てるようなこと、お前はできるのか、深司?」
「・・・ちっ」
 不満げに舌打ちする深司に、橘がきっとその眦を吊り上げた。
「深司!」
「わかりました。部屋に運んでおきます」
 明らかに嫌々、という風情を隠そうともしない深司に、けれどなんだかんだいいつつ自分の頼んだことはきちんとやり遂げることを知っている橘は苦笑を浮かべて。
「あぁ、頼む。俺の部屋に寝かせておいてくれればいいから」
 言い残して、また店へと戻った。
「さて、と。こいつを運ぶのが先か」
 深司は言いながら、再度薫を見下ろす。
「・・・何回見ても非常識だなぁ、どうして俺がこんなヤツを助けてやらなきゃいけないんだろう。そりゃ橘さんがヤれっていうならやるけど」
 ぶつぶつと呟きながら、深司は住居部分へと向かう。そして、手には毛布を抱えて再び薫の下へ戻ってきた。薫の様子に変わりはない。
「・・・この隙にいなくなってくれてたりしたらラクだなぁと思ったりもしたんだけど、そんなことにはならないか。はぁ、しょうがないなぁ」
 目を開く気配のない薫に毛布をかけて包むと、その体を両手で抱き起こし。
「ちょっと俺がお姫様だっこするには重量がありすぎるんだけどなぁ」
 言っている言葉とは裏腹に、案外たいしたことなさそうに薫の体を抱え上げた。
「よいしょ、っと。―――なんでこの状態で目ぇ覚まさないのかな、普通こんなコトされたらさすがに起きると思うんだけど」
 呆れたように腕の中の薫を見下ろして。
「・・・こんなカッコしてるけど、男じゃん」
 ぼそり、と呟いた。











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