恋の領域、愛の行方 #5




 不二周助は、貞治の呼び出しに応じて越前と共に貞治の部屋に向かっていた。
「まったく、帰国したばっかりの僕を呼び出すなんて、いい根性してるよね。何様のつもりなんだろう」
 柔らかく細めた目はそのまま、にっこりと微笑んで毒づいた相手は。
「王子様ッス」
 越前は感情を込めない平坦な声で答えた。
「そう、王子様だね。笑っちゃうよねー、乾が王子様だなんて」
 ね、と同意を求められて、かといってうなずくわけにもいかない立場の越前は黙ったまま視線を外す。
 そして、その王子を乾、と呼び捨てしてしまう不二とは。
「でも、乾が僕を呼ぶなんて珍しいね」
 日頃の乾の物質主義っぷりをよく知る不二は、珍しく不思議そうな表情を浮かべて越前を見下ろす。
「いつから神秘主義に鞍替えしたの?」
「さすがに、目の当たりにしたら手に負えないと思ったみたいッスよ」
 神秘主義。不二の得意分野である。
 乾と不二の出会いはまだ彼らが6歳の頃にさかのぼる。早いうちから外の世界に触れさせて自立心を育てるために、と斬新な王の教育方針のもと、乾が民間の士官学校に通ったのはそれからたった3年間だったけれど。
 その時に出会った二人は、それぞれの道へ歩みつつも完全に縁が切れてしまうこともなく、良好(とはいいがいたいかもしれないが)な友人関係を築いている、らしい。
 乾は、王家の人間として。
 そして、不二は。家系の中に時折現れる魔術使いの血がどうやら濃く出たらしく。現実主義な乾には理解のできない神秘の業界に入った。
 魔術業界、そこは完全なる実力主義。
 学生時代は天才的とまで称されたその杖さばきも一朝一夕にはならず、つい先日まで不二は海外での研修に参加していたのだが。
「へぇ、僕の居ない間に何かあったの?」
 その問いに、越前は言いよどんだ。
「・・・それは、直接本人に聞いてくださいッス」
「越前が言いにくいなんてよっぽどのことなの?」
「いや、俺もあんまり・・・信じられないんで」
「へぇ?」
 面白そうに越前の顔を見つめる不二の視線に気づいていないワケはないのに、越前は黙ったまま。黙々と二人で肩を並べて歩いて、ようやく貞治の部屋の前にたどり着いた。
「失礼します」
 越前は軽くノックした後、返事を待たずに扉を開けた。
 貞治は、無駄に広い部屋の片隅に置かれた執務机に座り、なにやら物思いにふけっていた。
「貞治王子! 不二さん、呼んできましたよ」
 ツカツカと貞治の座る机に近づき、目の前に立っても乾はそちらに視線を向ける様子はない。越前は、少しイライラしたようにバンッ、と音を立てて机に手をつく。
「貞治王子っ」
 その音に、ようやく気づいたように顔を上げて。
「あぁ、越前か」
 ようやく返ってきた気の抜けたような声に、驚いたのは不二だった。
「どうしたの、乾? 前にもまして腑抜けたね」
「あぁ、不二か。久しぶりだな。いつ帰ってきたんだ?」
「昨日だよ。昨日の今日で僕を呼び出して、何考えてるんだろうとは思ってたんだけど・・・」
 足音もなく乾の座る机に近づき、おもむろに乾の顎を掴むと上向かせる。覗き込むようにその目をじっと見つめ、顔色を探った後。
「乾に今必要なのは、俺じゃなくて医者な気がするけど?」
 先ほどまでの笑ったような声は引っ込めて、その目がうっすらと開いた。
「はは、寝てないからね」
 不二の言葉に、乾は自嘲的に笑って返す。
「そんなに忙しいの?」
「忙しい、ってわけじゃないんだけど。越前、何か飲むものでも用意させてくれ」
「了解」
 越前が部屋の外に出て行くのを見計らって、乾は体の力を抜くようにぐったりと椅子の背にもたれる。
「単刀直入に言おう。不二。人一人が忽然と消えることは、可能か?」
「それは。蒸発ってこと?」
「いや、違う。目の前から突然に、ってことだ」
「へぇ・・・消えたの?」
「・・・オマエに隠し通せるとは思ってないから、はじめから全部話すよ」
 貞治が薫を拾ったところから薫消失までのコトの次第を説明している間、不二は黙って越前が入れてきた対不二仕様の貞治スペシャルブレンドティー(タカの爪・一味入り)を飲んでいたが。
「薫は、どうなってしまったんだろう?」
 話終え、意気消沈する貞治に、不二は細い目を薄く開いて、静かに問いかけた。
「ねぇ、乾」
「なんだ」
「そもそも、さ。その薫って一体なんなの?」
「・・・どういう意味だ?」
 不二の質問の意図がつかめずに、貞治は怪訝な顔を見せる。
「文字通り、だよ。その薫ってのは一体、何者なの?」
「それがわかれば苦労はしないさ」
 どこか諦めたように言い捨てる貞治を、不二は表情を変えずにじっと見つめる。
「それがわかれば俺が今すぐ薫を探しに行っているよ」
 貞治は、疲れた顔のまま、うなだれたように自分の腕に頭を静める。
「オマエの言いたいことはわかるよ、不二。でも。薫が、どこで生まれて、何をしてきたのか。一体どんな暮らしをしているのか。そんなことは問題じゃない。今、薫の存在が、欲しいんだ。薫を一目見た時のあの心の衝撃を、オマエにも味わわせてやりたいくらいだ。本当に・・・運命ってのはあるんだ、と思ったんだ」
「その気持ちが錯覚ではない保障などどこにもないと思うけど?」
 熱っぽく語る乾を打ち砕くように、不二の声は冷たい。嘲笑のような笑みさえ浮かべて、貞治に問う。
「それで、僕に何がして欲しいワケ?」
「薫を探して欲しい」
 不二の冷たさに躊躇するでもなく、貞治はそう言い切った。
「ま、そんなことだろうとは思ったけどね」
「わかってるだろうとは思ってたさ」
 肩をすくめて首をかしげて見せる不二に、貞治は今日初めての笑顔を見せる。
「ま、どっちにしろ乾のそんなやつれた顔見ちゃったら放っておけないし、ね」
「そんなにやつれてるかなあ?」
 不二はようやくいつもの笑顔に戻って、貞治に向き直る。
「今回のことは、僕なりにちょっと思うこともあったりするんだけど、ね。さ、じゃあ乾が早くちゃんと眠れるようになるように、仕事しようか。乾の大事なお姫様が消えた部屋に、案内してくれない?」











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