恋の領域、愛の行方 #6




「裕太くん、裕太くん! いないんですかっ」
「あ、はい、姫様」
「遅いですよ、呼んだらすぐに出てきてくれないと困ります」
「すみません!」
「まぁ、今日のところはもういいです。それより早く手を貸しなさい」
 貞治の両親が統治する国とは山ひとつ隔てた隣国の、城の地下室にまるで隠すようにひっそりとある扉を、細く開けて黒尽くめの姫様と呼ばれた観月が室内に忍び込んだ。
 顔を隠すように覆っていたフードを外し、ふぅ、と小さく息を吐く。ゆるくウェーブした柔らかな黒髪が揺れて、額にかかる。その髪の毛を少しうっとうしそうに手で払った。
 その観月の様子を、先ほど裕太、と呼ばれた男はぼんやりと見つめていた。
「裕太、くん?」
「は、はいっ、あっ、すみませんっ」
 不二裕太は、再度観月に名を呼ばれ、慌てたようにその手に持った大きな袋を開けて中身を取り出した。
「何をぼんやりしているんですか」
 叱咤するような観月の言葉は、けれど冷たいだけの口調でもなく。裕太はなぜか頬が熱くなる気持ちを抑えられずに、俯いて手元だけを見ながらガサゴソと袋の中身と格闘を始める。
 観月は、そんな裕太を見て少し微笑んでから、着ている服を脱ぎ始めた。
 裕太が居ることなどお構いなしに、全身を足首まで覆っていた黒い外套を脱ぎ、その下に着ていた同じく黒いシャツのボタンを上からはずしていくと、その白い肌が暗い地下室の心もとない光に照らされる。
 顔を上げた裕太は、黒と白なのになぜか艶やかなコントラストにはっと目を奪われる。
「あ、ちょ、まっ、あぁっ!!」
 一瞬の硬直の後、慌てて裕太は観月に背を向けた。
「どうしたんですか?」
「そんないきなり脱がないでくださいっ、目のやり場に・・・」
「何を言っているんですか。男同士なんですから気にすることでもないでしょう?」
 怪訝そうに言う観月に、
「そういう問題じゃないですっ」
 裕太は振り返って、観月を見ないように俯いたまま、手にしたドレスを差し出した。
 観月は諦めたように一つ溜息をついて裕太の手からドレスを受け取った。
「裕太くんがそういうならしょうがないですね。じゃあ少し向こうを向いていてください」
 観月は今度こそ裕太に背を向けて、黒いシャツを落とし、ゆったりとしたパンツを脱いでその足までをも露にすると、とりあえず体の大部分を覆う純白のドレスを纏った。
「裕太くん」
「は、ハイっ」
「背中だけ、止めてください」
「あ、は、はい、やります」
 裕太は振り返り、まぶしそうに観月の姿を見てから、頬を染めて観月の背後に回った。
 慣れない手つきで背中のファスナーをあげて首筋のホックを止める。少し俯いて髪が邪魔にならないように、とよけたせいで白いうなじがあらわになる。
 ドキリと、裕太の心臓がまるで一拍飛び越えたかのように脈打ち、微かに触れる指先に伝わる観月の体温が、更に心拍数を早め。
「お、終わりました」
 どうにかこうにか仕事をし終えた裕太は、慌てて観月から手を離すと赤く火照った顔を見られないようにと俯いた。
「ありがとう」
 そんな裕太の様子をどう思っているのか。表情は冷たくも美しい笑顔で、言い終わるや否や観月はドレスの裾をめくって腿まである白いストッキングをはいた。腿の辺りでガーターベルトで止めながら。
「裕太くん、今日はこちらで何か変わったことは?」
「国王が姫様のご婚儀の予定がまた延びたと大層ご立腹であったのと、王妃様のご容態が、、、ちょっと」
 裕太がいいにくそうに口ごもれば、身繕い整えた観月は苦々しそうに眉根に皺を寄せる。
「気に入らないですね」
 裕太に渡された肘までを隠す白い手袋をはめながら、観月は低く毒吐く。
「お母様のご容態が芳しくないのは父上がまた八つ当たりをされたからでしょう。後でご様子を見に行きましょう。しかし、その父上を怒らせた原因が、あんな小娘かと思うと・・・ほんとに気に入りませんね」
「え? どういう・・・?」
 首を傾げた裕太に、観月は艶然と微笑んだ。
「裕太くん、余計な事は聞かない方が身のためですよ?」
 純白のドレスに身を包まれた観月の姿に、裕太は何か冷たいものが背筋を伝うような錯覚を味わった。






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「王子、貞治王子っ」
 完全に思考に埋没していた意識が、強制的に耳に入ってきた刺激の所為で浮上する。顔を上げれば、怒ったように目を吊り上げて目の前に立つ越前の姿が見えた。
「あぁ。越前」
「のんきにあぁ、じゃないスよっ」
「あぁ、ごめん」
 やはり呆けたような相槌しか打たない貞治に、越前は溜息をついて。
「今日は新製品のチェックをしに橘電気店をお忍びで訪問の予定だったんスけど。どうしますか」
「あぁ、電気屋かぁ・・・」
 窓の外をぼんやりと眺める。
「もし、貞治王子ダルかったら、俺だけ、ちょこっと顔出してきてもいいッスか? 先月の注文分の確認もあるし」
「あぁ、そうだな、そうしてくれ」
 けだるそうに言う貞治を見下ろして。
「じゃあ行って来ます、とりあえず寝巻きくらいは着替えてくださいね」
 太陽も既に真上に差し掛かろうと言う時間帯にも関わらず、まだ寝巻きのままぼんやりと座り込んでいた貞治に呆れたように言えば。
「あぁ、そうだな」
 抜け殻のように返事をされて、越前は再び溜息をついた。




 越前は、外出の準備を終えると自分の馬にまたがり颯爽と城門をくぐった。久しぶりに外に出て、風を切る心地よい感触に気持ちよさそうに目を細めながら、高台に立つ城から一直線に街へと続く道をひたすら駆け下りていく。
 徐々に近づいてくる街の入口に、越前は手綱を引いて馬の速度を緩めた。
 その姿を、警備に立つ少年が見つける。
「あ、リョーマくん!」
 見知った顔、なのだろう。越前は軽く手を上げるとその傍に馬を止めて地面に降りた。
「今日は、どうしたの? 一人?」
 王子付きの従者故、モノモノしい警備の中現れることの多い越前が、身軽に一人で街を訪れたことに疑問を投げかける門番をちらりと越前が見ながら、馬を手渡す。
 街の中は馬乗り入れ禁止だ。
「あぁ」
「そっか。じゃあこれ、いつものとおり預かっておけばいいかな」
「うん」
 にこりともしない無愛想な越前なんぞ慣れっこなのか、門番は微笑んで越前の馬を受け取った。
「じゃ、また後でね」
 越前は振り向きもせず、片手を挙げて見せてそのまま街へと足を踏み入れた。その頃、観月の命で薫を探しに来ていた赤澤と金田も既にこの街に足を踏み入れていた。











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