恋の領域、愛の行方 #7 |
薫が目を覚ますと、そこは見覚えのない天井と壁。 慌てて体を起こすと、ちょうど出ていたらしい部屋の主が戻ってきた。 「あぁ、気がついたのか」 短く刈り込まれた黒い髪の毛に、日焼けした肌。健康的な笑顔。橘電気店店主・橘桔平である。 「あ、あの・・・」 「あぁ、まだ寝ていた方がいい。熱も下がりきっていないみたいだし」 なんだか頭がクラクラするのを感じて薫はこめかいみを指で押さえた。 「さぁ」 重ねて言われて、薫は大人しく横になった。 「すみません・・・」 「なに、気にすることはないよ。しかし気がついてよかった。三日も眠ったまま意識が戻らないからどうしようかと思ったんだけど」 「・・・三日も・・・?」 薫は、首を傾げて橘の顔を見る。 「あぁ、君がウチの車の荷台で発見されてから、だけどね」 「荷台?」 「・・・もしかして、覚えてない?」 薫の要領を得ない反応に、橘は優しく問いかける。 「・・・わか、らない」 「じゃあ、君の名前は?」 覗きこむ目の裏側のない優しさに、薫は照れて俯いた。 「薫、です」 が、次の瞬間。 「薫くん、か」 薫は、飛び起きた。 (くんってつけた、コイツ、俺のこと、くん、って!! ば、バレてるっ) 目を見開いて言葉なく驚く薫に、橘が怪訝そうな顔をする。 「薫くん?」 (やばい、なんでバレてんだよ、今日はちゃんと服も女モノ・・・あぁっ!) 薫は自分の着ているモノを見て、ぎょっと硬直した。 (服が・・・・変わってる、ってことは・・・) 「あぁ、ごめんね。ちょっと変わった格好だったからそのまま寝かせておくわけにもいかなくて勝手に俺の服に着替えさせちゃったんだけど・・・マズかったか?」 (マズイなんてもんじゃねぇ・・・んだけど・・・駄目だ、この人は親切でやってくれたんだ、この人は悪くない、悪く・・・) 「いえ、そんなんことない・・・です。ご迷惑おかけしました、あ、ありがとうございます」 そう言う薫の顔は蒼白。 「お、おい、大丈夫か?」 「大丈夫・・・です、お、お世話に、なりました」 途中胸を押さえて苦しげに言葉を繋ぐ薫の顔を、橘は心配そうに覗き込んだ。 「大丈夫なんて顔色じゃないよ、もう少し休んでたほうがいい」 「いえ、もう、これ以上・・・」 ベッドから降りようとする薫の体を、橘が押さえつける。 「だめだ、まだ外に出られる状態じゃないだろう。さぁ、横になって」 言葉がきついわけではないのに、有無を言わさぬ強さを持った橘の声に薫は一瞬ひるみそうになるものの。 (だからマジでマズいって、これは・・・) 薫の体に一体どんな秘密があるというのか。 薫は、橘を押しのけるようにしてベッドから降りると、ふらつく体でドアへと向かう。 「おい、待てってっ」 しかし、立ち上がった橘にすぐに腕を掴まれてしまう。 (恩をアダで返すようなコトしちまってる自覚は、あるんスけど・・・今は、ここにいるわけにはいかない・・・) 「・・・ごめ、んなさい」 薫は、真剣に自分の身を心配してくれている橘に申し訳ない気持ちで橘を見上げた。その目は、体の辛さと動揺の所為で微かに涙に潤んでいて。 橘は、何かに取り付かれたかのように薫の頬に手を伸ばした。 「・・・え?」 触れた温かな感触に、薫はうろたえて逃げることを忘れる。橘の目は揺れる薫の目に釘付けられて、視線を外すことすらできない。直接触れた部分からお互いの体温が伝わる。じっと二人は見つめ合い。 「橘さん?」 小さなノックの音と扉の向こうから呼びかけられる声に、橘は呪縛から解かれたようにハッと顔を上げて薫から手を離す。と、同時にガチャリ、と扉が開けられる。 「・・・何してるんですか?」 「な、何をしていたんだろうな、すまない」 扉の前で直立していたのを見られる格好になり、しかもその前にしていたことがしていたことだけに少しだけ動揺した声で薫に謝ると伊武に向き直った。 「橘さん、お得意さんですよ」 怪訝そうに二人を見比べながらも、伊武は後ろにいるであろう客人のために道をあけるように体をずらした。 橘も、薫に背を向ける。その拍子に、足元がふらついた薫がよろめいた。 「あ、おいっ」 橘の手も間に合わず、そのまま床に倒れ込んだ薫を見て。 「・・・あ」 小さく驚きの声を発したのは、伊武がわざわざ橘を呼びに来たお得意さん―――越前リョーマだった。 |