恋の領域、愛の行方 #8 |
観月の命により薫捜索に出かけた二人は、どうにかこうにか山を越えて街がおぼろげに見える場所までたどり着いていた。 途中途中で魔術の力を借りてここまで来た為、一般人よりもはるかにラクにここまで来たとは言うものの、ほとんど一般人な赤澤を連れた金田の魔術とて、その効力は当然万全ではない。 「なぁ、金田ぁ。街にはまだ着かねぇのかよー」 ダルそうに文句を言う赤澤を見て、金田は溜息をついた。 「ほら、あそこにうっすらと街並みが見えませんか?」 「ん? どこだ?」 赤澤は、前方を指差す金田の指の先に視線を飛ばす。 「おぉっ、あれかぁ!」 赤澤は目を凝らしてようやく見えた、おぼろげで蜃気楼のように浮かぶ美しい景観に感嘆の声を上げる。そして、その向こうには一本の道筋が続き、豪奢な城の姿が霞んで見える。 「ったく、こんなことなら馬の一匹でも用意しとくんだったよなぁ。まさかこんな距離を歩かされるなんて思ってなかったからなぁ」 「・・・僕は観月さんとは違うんですから、そんなすごい移動魔法は使えないですよ」 「別にお前を責めてるワケじゃねぇよ」 少し不貞腐れたように言う金田を怪訝そうに見やって、赤澤は金田をガシっと掴んだ。 「ま、たまにはこうやってのんびり歩いていくのも悪くはないさ」 「あ、赤澤さん・・・」 「観月にバレたら怒られるだろうから内緒、な」 赤澤の、観月の名を発する表情に金田はわかっていながらも軽い失望感を味わう。 赤澤の行動指針は全て観月であるという事実。 「お、もうあとちょっとじゃん」 赤澤の声に明るさが戻る。 「急ぐぞ、金田っ」 「・・・はい」 報われぬ気持ちのままの金田と、ただひたすらに観月のためにと動く赤澤。 彼らは一路、三丁目の電気屋を目指していた。 ++++++++++++++++++++++++++++++ 窓の縁には、一匹の真っ白な鳥。 その鳥が、どうやら窓を叩いていたようだ。 「なんだ?」 貞治がいぶかしげに窓を開ければ。 「乾」 その鳥が、不二の声で言葉を発した。 「やぁ、不二か?」 「調子はどう?」 「相変わらず絶不調だよ」 苦笑い交じりに言う乾に、鳥は首を傾げてみせる。 「そう。今、時間いい? この間見せてもらった結果なんだけど」 「あぁ、何かわかったか」 身を乗り出す貞治の姿が見えているのか、不二はくすりと小さく笑って言葉を続けた。 「確かに、乾の愛しの君は何者かに呪術的に制御されている感じだね」 「・・・どういうことだ」 「簡単に言えば、呪われてるってコトかな」 「・・・・っ」 不二の言葉に貞治は息を飲む。確かに自分の知識の範疇外ともいえる異常事態であることは判っていた。判っていたがまさか・・・。 「呪い、だって・・・?」 「あぁ、姫君の残していったドレス、分析にかけてみたんだけど。ドレス自体には姫君にかけられた呪術者の意図が明確に残っていた」 着ていたモノにすら移るほどの強さで薫の体にかけられた呪術的措置。もしかしたら、薫がこの間倒れたのも、そもそもあんなところで寝ていたのも、もとはといえばその呪いが原因なのではないか。しかも、頻繁に昏倒してしまうほど薫の体に負担をかける類のものであるならば、薫は今頃―――。 「乾、落ち着いて。まだ続きがある」 睡眠不足がたたって、か。常の冷静沈着な彼ならば決してしないだろう思考の暴走に襲われる貞治を、不二が静かにたしなめる。 「けれど、姫君がこの場から消えたこととは無関係なようだよ」 「なんだって?」 「もう一人。乾の部屋に何かを仕掛けた人間が、いる」 「・・・どういうことだ」 貞治の声が、低く、響く。 「特に姫君が消えたベッド付近に、強く違和感が残っていたね。・・・何か心当たりは?」 「そんなモノ・・・」 ある、わけがない。貞治の言葉尻を拾い、揶揄するように不二の声が少し明るくなる。 「ここに連れてきたことがなくてもかまわないよ。ほら、遊びで一発ヤった女が子供を孕んだとか」 「そんな失敗するわけないだろう」 「じゃあ、その場しのぎに将来の約束なんかしちゃって乾のことを待ってる女とか」 「・・・だからなんで女なんだよ」 憮然とする貞治に、鳥の口を借りた不二の声音が、一瞬変わった。 「生きてる人間の執着心が、見えたから」 生きている人間。自分に対する執着。薫の存在の意義。まだ、見えない。一体、目に見えないどんな力が働いているというのか。 「・・・心当たり、か」 確かに。薫を初めて見つけたあの時。言葉に出来ない何かを感じた。運命ってのはあるんだ、と。意識の奥深いトコロで理解した。それなのに、いともたやすく俺の目の前から居なくなって―――乾がそう物思いにまた落ちかけた頃。 「ま、考えておいて。あと、そろそろ出かける準備をしておいたほうがいいよ。僕もこれからそっちに行くから」 不二の声で白い鳥が喋り、そして羽をばたつかせた。そして、不二は何か知っているのか? そう問いかけようとした乾の言葉を待たずに、不二の化身である鳥は飛び去った。 |